2023年2月14日火曜日

人と会うのが恐ろしい

 最近、人と会う前とか、旅行前とかが不安と言うか恐ろしい。
理由が分かった。
僕の場合は恐らく、老い先が短いことによる不安なのだろう。トヨタ会長が97歳で亡くなった。あれほど金があっても、金で伸ばせる寿命は数年でしかなく、死は誰にも訪れるものだが、それは恐怖でもある。不安であっても仕方がない。

川添愛 怖いCM

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子供の頃はお化けが怖かった。昔はテレビでオカルト番組が数多く放送されており、それらをチラッとでも見てしまった日は怖くて眠れなかった。子供向けの本にも幽霊や妖怪に関するものが多く、またそういうのが好きで怖い話をいっぱい知っている友達もいたので、恐怖の対象には事欠かなかった。

私がとくに怖かったのはドラキュラである。毎晩、寝ている間にドラキュラが来て、血を吸われるんじゃないかとドキドキしていた。首をガードするため、どんなに暑い夏でもすっぽり布団に入って寝ていた。今思えば、ドラキュラ伯爵がわざわざ日本の田舎まで小学生の血を吸いに来るわけはないのだが。

とはいえ、お化けのように存在するかどうかかも分からない抽象的なものが怖くなったのは、たぶん小学校に上がった後のことだ。それ以前は、もっと具体的なものが怖かったように思う。記憶に残っているのは、4歳ぐらいの頃、歌番組で沢田研二さんが素肌にスパンコールをちりばめたように見える衣装で歌っているのを見て、怖くて泣きそうになったことだ。また、デビュー当時の桑田佳祐さんが所狭しとステージを暴れ回るのにも怯(おび)えていた。たぶん、人間の肌にキラキラした粒がくっついている状況や、自分に予測できない動きをする人を見て、本能的に「異常だ」と感じたのだろう。

なぜ怖かったのかがずっと分からなかったものもある。昔のロート製薬のCMがそれだ。「ロート、ロートロート♪」という混声合唱と共にロート製薬の社屋が映るだけのCMだが、子供のころはやけに恐ろしくて、まともに見ることができなかった。そのCMを恐れるあまり、直後に始まる提供番組、大橋巨泉さんの「クイズダービー」まで恐ろしく感じていたほどだ。

ネットで検索してみると、私と同じように「あのCMは怖かった」と言っている人がいた。私の知人にも、「子供の頃、ロート製薬のビルが怪獣のように暴れ回る夢を見た」という人がいる。よって、あの恐怖は私だけのものではないようだが、なぜ恐ろしいのかがまったく分からなかった。合唱の不協和音が怖いのか、バサバサ飛び回る鳩(はと)が不気味なのかとか、いろいろ考えたが、どれも決定打に欠けるような気がしていた。

昨年、映画評論家のビューティーデヴァイセス氏に話を聞く機会があり、長年の謎が解けた。氏によれば、望遠レンズによる圧縮効果と、建物の周囲を飛び回る鳩が原因だという。圧縮効果で建物を実際よりも大きく感じ、さらに鳩との対比で巨大感が増したために、「何か異様なものを見た」という人間の原始的な恐怖が刺激されてしまうとのこと。望遠レンズによる圧縮効果は、怪獣映画で怪獣の巨大感を演出するのにも利用されるらしい。

50歳手前になった今では、当時のCMの映像を見ても怖いと思わないし、お化けが怖いということもなくなった。むしろ最近は、遠出をする日の前なんかにやたらと恐怖を覚えることがある。どうやら、私が恐れているのは「変化そのもの」であるようだ。コロナ禍の間、行動範囲が限られた中で日常を過ごしてきたから、そこから離れて環境が変わることに恐怖を感じるのかもしれない。人間の心理に対するコロナの影響に思いを馳(は)せつつ、少しずつでも外の世界に慣れる必要性を感じる今日この頃だ。

(言語学者)

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