2012年5月8日火曜日

ホタル観察とアンコールワット周遊、よたよた旅行 2011年1月21日~

(まえおき)
突然、ホタルを見に行こうってことになった。
マレーシャの河に沿ってのクリスマスツリーのようなホタルです。
調べると、クアラルンプルの北部近郊のクアラスランゴールだ。
ついでに、カンボジャのアンコールワットも訪問することにした。義理の姉にも、どうか?って聞くと、行くって答えたので、奥さんと合わせて3人の旅行となった。
時期を2011年2月としたが、YAHOOの安売り航空券は、まだ1月分までしか発売しておらず、海外期間12日となると、ベトナム航空の41,000円が最安値だった。で、accord international とflex internationalに見積もりを依頼した。accodは初めての接触だ。accordから直ぐに返信があり、諸経費込みで56,000円/1人だが、2月初旬だと帰国便がキャンセル待ちとのことだった。1月21日発はどうか、って返信すると、往復とも席ありとのことで、直ぐに発注して予約金20,000円/1人を入金した。これらの連絡、作業を終えた頃に、flex internationalから「ご指定の便では席がありません」って連絡が来た。彼らの間には何らかの連絡があるのだろうか?永遠の謎ですね。
なお、発注の前に、マレーシャ航空のKUALALUNPUR⇔カンボジャSIEMREAPを、ネットで801MYR=24,000円/1人で発注した。
アンコールワットの拠点都市は、SIEMREAPで、KUAKALUMPURから、ここへの直行便を選んだのだ。
で、合計80,000円/往復となった。この価格ってどうなんだろ?よく判らん。
発注した翌日にRAJの破産が報道された。RAJは一度使ったことがあり、対応の良い会社だった。とても残念なことだが、今はそれどころではない。
直ぐに、accordに「残金納入すれば、即発券はできるか」って問い合わせたら翌日10時に、「航空会社で発券コード発行の準備ができていれば発券できる」ってことで、発券できるなら直ぐに入金するって答えた。直ぐに「発券可」って来たので、昼までに入金すると、夕方には発券された。
で、後顧の憂いなく、旅の計画に没頭できることになった。
今回判ったのだが、今までの格安航空券購入では、パスポート情報が必ず要求されたが、accordではこの要求が無かった。で、「パスポート情報の連絡は不要か?」って聞くと、旅行上のパスポートやビザ条件は顧客自身で確認くださいってことで、つまり、航空券発券ではパスポート情報は不要ってことなのだ。
結局、accordの言う通り、パスポート情報無しで発券はなされ、しかも、ベトナム航空のE-ticketって、今までの他社E-TICKETよりも、遥かに顧客に便利な様式であった。これって凄いよね。
てなことで、一応、KUALALUMPUR、SIAMREAP、それに、ホタルの拠点都市KUALASELANGORのホテル調査までを終えて、後は、オーストラリアから帰国後とします。まぁとにかく、1月末は避寒旅行できることになった。

さて、豪州旅行を無事に終えて、それも英語のNative国での英語旅行で、会話能力が錆付いたのか、殆ど英語は通じなかったが、それでも着々と旅を終えて自信を持ったのだから、とマレーシャ旅行の計画再開となった。
旅程は、1月21日Kualalumpur到着後翌日22日、23日はKualaslengorに宿泊し、ホタルと自然公園を楽しむ。宿泊場所を調べたが、Kualaslengorには、まともな宿泊設備は、De Palma Inn Kuala SelangorかFireflyresortの2か所(男同士だともっと安いとこがある)しかない。簡単に予約出来るのはFireflyresortであった。シャレー(4人用)宿泊で朝食付、230MR=7,200円/泊
24日は再びKualalumpurで25日はアンコールワットのあるSiemreapに行く。29日チェックアウトまでの4泊は、Tripadviserの3星で、安くて評判を見て、Kazna Hotelを$26.5/部屋を2部屋4日間を予約した。
そうだ肝心のKualalumpurは、CitinHotelPuduを、やはりTripAdviserを元に、117.5MR/部屋・泊(3500円)で予約した。
足と寝所で、予約できるものは全て完了した。
後は、現地ツアーをどうするか、で、ゆっくりと考える。

ここのシンバさんの旅行記でタケオGHの存在を知った。
http://4travel.jp/dynamic/jump.php?url=http://4travel.jp/traveler/sinnba/album/10389899/
そこのタケオNO.2はうちの奥さんも泊れそうなレベルのようなので、ホテル変更も前提にコンタクトしたが、ラチャナさんって人から見事な日本語で「NO.2は満室」って返事が来た。後で判ったが、ラチャナさんって、20代の優しいがしっかりした女性なのだ。出張がかなりあるようで返信が遅れることがある。
結果としてはKAZNA HOTELが、予想以上に良かったのでホテル変更しなくて良かった。それと、どうやらホテルNo2は人手が足りなくて稼働していないとの情報もあったし。
が、そこのHPに種々ツアーがあって、特にガイド付ならタケオオプションツアー、安くて良いなら車チャーター(ツクツクは2人乗りまでだろう。それにうちの奥さんや義理の姉も一緒では・・・)がいいと、それに、ガイドブックも調べて、以下で発注した。
http://4travel.jp/dynamic/jump.php?url=http://angkor.main.jp/takeo/index.html

●RT-2 +タケオ、タプローム、バンテアイクデイ、スラスラン、プラサットクラバン(日本語ガイド付で出来るだけアンコールワットを知る) 70ドル
●Camry1日チャーター(運転手のみ) コーケー遺跡群 (時間あればベンメリア遺跡) 85ドル
●Camry1日チャーター(運転手のみ)朝日鑑賞 Dコース+Bコース+(プノンクロム)トンレサップ湖 80ドル
  D=クバルスピアン、バンテアイスレイ、バンテアイサムレ(地雷博物館は行かない)
  B=大回りコースのプリアカン、ニャックポアン、タ ソム、プレループ
●空港まで車で 5ドル
●総額、235ドルか・・・豪州に比べると安いもんだ。なお、ドルで使い残したT/Cで支払出来るかって問い合わせると、円、ドルで支払できる。T/Cの場合は、手数料3%だって返信が来た。それなら、円で持って行くのが最も有利ってことですね。それと、多分、VISAでのキャッシングが有利なのは当然のことだけど・・・。
昼食は、どうするか現地で相談して決めることにした。結果としては、おいしいレストランはガイドなり運転者が全て知っていた。
かような経過で、本件、計画は完了です。
が、いつものことだが、完全ってことはなかった。
2011年1月になって、KualalumpurのCitinHotelPuduは、booking.comで予約したのだが、ホテル独自のHPを発見し調べると、booking.comよりかなり安いのだ。それと、タケオにRECONFIRMしてもなかなか返事が返ってこない。しかも、その頃、7月末のカムチャッカの件でも懸案事項があり、ちょっとつらい事情が続いた。
だが、問題は順次解決するしか方法は無い。
先ず、booking.comは、キャンセルは前日まで可能だから、CitinHotelPuduのHPで予約して、booking.comをキャンセルした。ただ、予約が遅い分は部屋が悪くなる可能性もある。単独であれば、それもいいのだが、女2人連れなので、それではまずい。そこで、ほぼ同じ金額となるが、部屋のランクを一つ上げて予約した。この経験からすると、予約サイトでの予約は、予約してからもときどき調べることが必要なのだろう。
タケオのRECONFIRMは、もう返信が無ければ、他をあたろう、と決心した頃に、無事返信があった。我々は小型車一台の貸切で予約したので、少々高めのツアーになっている。が、相乗りツアーに比べて稼働効率が悪いとか、運転手が見つからないとかのトラブルだろうかと多いに心配したのだ。が、先に書いたようにラチャナさんが出張で居なかっただけなのだ。
カムチャッカの方は、手配がかなり高度なテクニックが必要で、心配の種ばっかりだったが、1月半ばにはロシア大使館員からのメールももらって、ほぼ解決となった。本件は、別途、行ってきま~すに投稿する。

カンボジャは、Eチケットを得ておいた。空港で取得すれば$20で取れるのだが、3人分を自分で書かねばならないので疲れる。それなれば先に取っておこうと考えたのだ。
無事旅を終えたが、所要費用は、140,000円/1人程度であった。
航空券の全てを予約してから、AIRASIAの就航が決まった。AIRASIAであれば、promo価格で60,000円程度になり、キャンペーン価格であれば更に安くなっただろう。
それに、この航路はベトナム航空とJALの共同運航で、ツアー客優先があからさまな席選択であった。更に座席は日系航空機並みに狭く、しかも、人間工学的に最低の設計となっている。であるからして、もうベトナム航空は使わないだろう。
それと、ルートそのものが非常に変なルートになってしまった。もっと経済的なルート選択があったに違いない。
いつも、勉強代を払っているのだが、失敗の種は尽きないようだ。

(本論)
今回は航空便選択が大失敗だった。代理店アコードはしっかりした会社であったが、発注後、成田10:30発って良好な条件が、変更で9:30になり、乗換ホーチミン発は遅れて、トランジットは3時間になってしまった。席指定はチェックイン時ってことで、出来るだけ早く空港に行かねばならない。4時に起きて、7時に空港に着くと、既にベトナム人が10人以上は並んでいた。が、席の要求は聞くまでもなく既に席は決まっていた。なら、最初からそう言ってくれりゃいいじゃないの?
席は、中央部で、どうやらツアー客優先の配置であった。ベトナム人も僕より早くから並んだ甲斐はなかった。しかも、この便はJALとの共同運航で、機体はJALの使い古しらしく、席は狭い。何度も書くが、JALのエコノミー座席は、背中が丸まっていて、後頭部で突きでている。何故このような設計をしているのかわけわからんで、長時間飛行は地獄である。この経験から再確認したが、個人旅行者はJAL・ANAに加えて、その共同運航会社は、ツアー優先、座席狭いってことで、あきまへん。しかも、かなり早くから切符を買っているのに、この有様ですわ。
座席指定をさせてくれないことには問題がもう一点ある。席の決定に、チェックインの時の受付者の裁量が入ることだ。時に、座席券を2回出して、前のを破棄している状況に出会うことがあるが、これは、受付員が何か良からぬことをしている可能性がある。
まぁとにかく、これならAIRASIAの方が、金は安い、座席指定は出来るのだから、わざわざ高い便に乗ること、ないじゃん、である。JAL・ANA・その共同運航便は、ツアー旅行者に任せておきましょうね。

ホーチミン、クアラルンプール間は、外国仕様で席は広く、乗客は行きも帰りもがらがらであった。僕がJALの担当者なら、この便を有効に使ってツアー組むけどね。

話を戻して、KualaLumpurには定時21日19:20着である。サブターミナル(GATE C)に着いたので、メインターミナルとはTRAINが接続しているが、今は改修工事で、C5辺りからバスを運航している。C5の方に歩いて行くのだが、ここは、到着客も出発客も区別無くうろうろしているのが気になった。でも考えたらアムステルダムでも同じではあった。ゲートC5の近くにCITY bankと、そのATMがあったので、ATMで1000RM(交換率27.071で、27,071円)をキャッシングした。帰国前にもキャッシングしたが、結局、ここでの交換率が最も良かった。
ここのATMは、WITHDRAWを選択してから、VISAを選ぶって変則なのでちょっと戸惑ってしまう。例え、成功しても、途中であきらめても、初期画面に戻るまで待ってからATMから離れるってことを原則にしましょう。
バスでメインターミナルに行き、イミグレも簡単に終り、荷物を取りに行くと、僕たちの荷物だけが残っていた。出口側に進むと、AIRPORT-TAXIの窓口があり、ここでホテル名を言ってTAXI券を買ったが、我々の荷物を見た係員は、BUGET TYPEは駄目って言って、PRIME TYPEの切符を渡した。105MRであった。乗り場番号を言うので、そこに行くとさっと車が近付き、ホテル名を言うと、運転者はうなずき出発した。素晴らしい近未来風景の中を車はぶっとんで行った。
ホテルは、PlazaRakyat駅の北側で、バスステーションの北側道路の北側にあるが、バスステーションは改修最中で中を通過できず、駅から西にぐるっと遠回りして行かねばならない。ホテルの前から、道路に沿って西に進み、LRTの下を通りチャイナタウンを過ぎれば、PasaarSuni駅の北側の高架下に至る。そこで右側にCentralMarcketがあり、ここで土産とか食事も出来る。CentralMarcketの北側にHSBC銀行が有り、この北側の通りに、NO141(KualaSelangor行き)のバス停留所があり、頻度多くバスは出発している。Selanborまで7.3RMである。ホテルのTourDeskに聞くと、ホテルの前を道路に沿って東に行き、SwissGuestHousuを過ぎた所で、道路を渡り、南に進みIPK(警察)の南側でSelangorに行くバスがあるとのことだが、僕には探し切れなかった。
ホテルは質の劣る日本のビジネスホテル並みで、レストランは安くは無い。
翌日22日は、TourDeskで教えられたバスストップに行ったものの、KualaSelangor行きバスの捜索に失敗して、そこからTAXIでPasaarSuni駅の北側まで行ったが、CetralMaecketの東側道路が封鎖中で、更に東の道路を大迂回して、Selangor行きバスを探しまわった。周辺にはバスストップがいっぱいあった。結局、CenterMarcketの中を通過して行けば良かったのだ。料金は7.3MRで、バスは近代的な街中を、次いで、活気ある街中を、後は、延々たるヤシ畑の中をほぼ2時間ほど走り、終点の、KualaSelangor街外れの新バスステーションに至る。バスを降りるとTAXIがたむろしている所に行き、FireFlyResortまでいくらだ?と聞くと15MRと答えたのでそのまま乗り込んだ。車は、頂上に大きなテレビ塔が立つムラワティ丘を正面に北上し、すぐ近くのKuakaSelangor市内に入り、そこで右折してSelangor河を越え、かなり走ってから、南へと下りFireFlyResortに着いた。No.141バス乗り場を探す苦労を覗いては極めて順調に目的地に着いたのだ。
なお、バスの乗車券は、車掌に支払うのと、ワンマンバスで乗車口で買うのと2方式がある。ワンマンの場合には、運転手の所業チェック要員が、ランダムに乗り込んできて、あたかも車掌のように入口に居るのだが、一切仕事はしないで、運転手と馬鹿話に耽っている。運転者が携帯しながら運転してもおとがめは無い。多分、金銭的なチェックが主なのであろう。
宿泊するFireflyResortは、河を背にした敷地で、道路側には事務所、それに船乗り場や宿泊施設への入口があり、右横にはレストランがあり、前には広場がある、広場の向かいには、現地人用の食堂がある。レストランは平日は夕方から開くので昼食は食堂で食べねばならない。チャーハンを食べたが、味は良かった。レストランも20RMから30RM程度までの3種のセット料理があり、これもなかなかの味だった。
事務所の左の入口を入り、直ぐに左手に入ると、2部屋シャーレが8棟ほどが池の上に建っている宿泊設備がある。住み心地はとても良く、小鳥や猿が周辺に住んでいる。入口からまっすぐに30mも歩くと、浮橋式JETYに達して、ここがホタル観察船への乗り場だ。昼間は浮橋根元から水面は3m以上も下になっているが、夜になると水位はあがり、その辺りじゅうが水で覆われ、宿泊設備の池は河と繋がることになる。水はJYETYから見ると右が河下なのだが、夜には上げ潮で水は上流側にかなりの勢いで流れ、これは、とても奇妙な光景となる。
夜7時半過ぎにJYETYから20人程度の電動モーター船が次々と発進する。ホタルはJYETY近傍から木に群がっている。河に沿って決まった灌木状のマングローブに群がり、日本のホタルより小型で点滅が早く、まるでクリスマスツリーの如くに輝いている。
朝食は、現地食、オムレツ、卵焼き、ジャムブレッドの選択で、オムレツと卵焼きがお薦めで、とてもおいしい。
朝食後に、TAXI呼んで、と昨日の運転手のメモ渡したが、別の運転手がきた。頼んだ相手に{なぜ?」と聞いたら、「メモの人は忙しかった」と当然、嘘の弁解だが、新しい運転手も人の良さそうなおじさんだった。ムラワティ-まで、片道15MRって、多分連中には良い値段だが、僕らには破格に安い値段だった。ムラワティに着き、入口で入場料と乗り物の値段をを聞くと、中途半端で安い値段なので、小銭がなく、歩いて登ればいくらか?って聞いたら、FREEだって答えた。ただの丘だからと歩いて登った。途中毒の入った井戸とか、博物館があったりして、山頂には灯台があり、顔は黒く性格の大人しい猿が多数居た。山頂から少し降りると、日本猿の小型のが居て、これは性格がちよっと悪そうだ。頂上からはマラッカ海峡が遠望できて、山の周囲は、どこまでも続くマングローブ林である。丘を降りて、丘入口の所で丘に沿って右の方に行くと自然公園がある。切符売り場でいろいろと説明してくれるが、入口から500m程度は蚊が多数とのことで、網を頭から被り、体に虫よけ剤を塗布した。なお、この網は、ジョイフルホンダで1m200円で買って、頭から被れるように、先ずホッチキスで止めてからタコ糸で縫い上げたものだ。自然公園主要部には大きな池があって、その周囲を観察路が続いていて、周囲は広大なマングローブ林である。一部にマングローブ林の中を周回出来る桟橋がある。桟橋から覗くと色鮮やかな種種色の鮮やかな蟹や、大きなムツゴロウが這いまわっている。
疲れて入口の戻ると、朝のTAXI運転者が待っていた。KualaSelangorはかなり面白そうな街であったが、歩き疲れていたので、そのままRESORTに戻ることにした。車の中で思い出したのだが、ホタルはRESORTと、もう一か所KampongBukitBelimbingでも見られるのだ。そこで運転手に聞くと、とても遠い、80RM程度だ、と言うので60RMだと言うと、ちょっと考えて、はっと気付いたように60RMで良いと言った。後で判ったが、そこに行くには、本道であれば、いったんKualaSelangorまで行き、そこからKualaLumpurへと戻る途上にある。だが、河に沿ってKualaLumpurの方向に向かい、違う橋で河を渡ればかなりの近道になるのだ。そのことに気づいて彼は突然OKをしたわけだ。
夕方になり、FireResortでホタル観察に訪れる人の流れとは逆に、我々はResortを出た。かなりの距離を走行して、目的地に着いた。7時15分頃でまだ明るく、切符売り場は開いていなかった。客は、それも日本人のツアー客が次々と訪れて、JETY前は長い行列になり、漸く切符売り場が開いて切符を買うことができた。船はヴェニスと同様に船頭が立ってこぐ方式で4人乗りだから、あまり客数がはけず、行列はどんどんと増えていった。河は、逆流が激しく、船頭はかなり重労働である。が、ていねいな漕ぎかたで静かに川岸の、クリスマスツリーのように輝く木々に沿って、逆流の流れとは逆に下流側に下り、反対側の川岸に移り上流側のJYETYへと戻って行く。景観は、FIRERESORTよりは広々として、それに、ホタルの好むマングローブが多く、ホタルも多かった。JETYに戻ると日本人客はほぼ終わり、白人ツアーが長い列を作っていた。ってことで、ホタル観察の主要2か所を制覇して、居心地良いresort宿泊施設でぐっすりと休んだ。
翌日は、頼んでおいたその運ちゃんが9時半に着て、我々をKualaSelangorの新バスターミナルまで運んでくれた。No.141のバスは既に所定の位置に居て、ほどなく乗客の乗車が始まり、直ぐに出発した。ワンマンバスなので乗る時に、CentralMarcketにて降ろしてくれと頼んでおいたが、結局、頼むまでもなく、行きに乗って忘れられそうも無い銀行前のバス停にドカっと停車した。CentralMarchetで昼食を取り、再び、CitinHotelに戻った。HOTELのTOURDISKで翌日の空港へのTAXIを頼むと95MRであった。
翌日はゆっくりと起きて、チェックアウトし、全荷物を持って空港に向かった。TAXIはマイクロバスサイズで快適な旅であった。出発GATEはMAINターミナルで、マレーシャ航空のSiemreap(シャムを追い出すって意味)便はほぼ満席であった。Siemreap空港はなかなか感じの良い空港であったが、機内で渡された入国カードを出すと、その書類は古いタイプだと言われ書き直しを要求された。で、E-VISAも用意して万全の態勢で臨んでもこんな結果になってしまうのだ。しかも、書き直しが我々だけであったことが極めて遺憾であった。多分、ツアーで無いことが影響したものと思える。かなりの無駄時間を費して荷取り場に行くと、もう我々の荷物は回っていた。PrepaidTaxi券を買って外に出るとTAXIに直ぐ乗れた。TAXIは極めて遅い速度で進み、運転手がTOURの売り込みをあれこれと言い続けた。その値段は極めて安かった。が、我々は既にタケオに発注しているのでいかんともし難かった。
渡された価格表を見ると、恐らく$250の2/3程度にはなったかもしれないが、タケオに頼むことで、トムとかサム(samnang)と知り合うことはなかったであろう。トムは日本語ガイドで、空港近辺の村の出身で、プノンペンの日本人の里親に教育されていたのだが、その里親が、教え子の女の子と出来て、家族がばらばらになり、トムは行き所が無くなり、SiEMREAPに戻ってガイドになったとのことだ。このことを彼は悲劇とも思わずに話していたが、僕は彼の境遇に悲しくなってしまった。
サムは、容貌は僕より日本人的な青年で、おばあさんが学校の先生の家族で、おばあさん以外の家族はポルポトに殺されたとのことだ。父親は友人に金をだまし取られ、貧しい少年時代を過ごしたとのことだ。バイクタクシーをしている時に、日本人に英語で説明しても、殆ど理解していないことを知り、日本語を勉強し始めたらしい。おかげで英語が下手になったと愚痴っていた。で、日本に行きたくて、金も無いのに訪日して、泉大津で左官や土建のアルバイトをしながら3カ月を過ごしたらしい。最近は小学校を作るとの日本のNGOの通訳もしていたらしい。そんな仕事をしながら弟妹を大学校に進学させたとのことだ。彼は運転手が本業だが、遠隔地は確実に、それに可能な範囲はガイドもしてくれるし、ガイドの特殊許可が必要な主寺院を除いては案内してくれる。
そんな信頼できるサム君(samnang)は、855-1261-4678(over sea)
0-1261-4678(local) メールはsamnang_prom4444@yahoo.com で連絡できる。日本語会話は達者だが、日本語文字は駄目らしい。メールは英文だろうな。
話は、先になったが、そんな愉快な連中を知るだけでも面白い旅であった。
宿泊ホテルは、KAZNA hotelってホテルで、表構えはなかなか立派であった。NETで、靴は玄関で脱ぐのがSIEMREAPでは通常とのことなので、100円SHOPで買っておいた上履きに履き替えて上に上がった。小柄な女性(カンボジアの女性は小柄だが、シャキシャキしている)が我々をロビーに案内して、WELLCOM DRINKも振舞われ、案内地図を元に説明を始めた。「TOURの説明なら、我々はツアーは予約済み」だと言うと、「それは問題ない。この説明は、この街についてのORIENNTATIONです」と答えた。この女性はフロント担当で、もう一人の若い、やはり小柄な女性はオーナーの娘と思えた。オーナーらしき年配の女性と、その娘らしき女性は、交代で、ロビーの座椅子で縫物をするのだが、これが多分、この地方の習慣なのだろう。
4泊して判ったが、このホテルについて日本人のTRIP ADVISERでの評価は、悪評が多く、欧米人の評価は好評が多いことの理由は、日本人が彼等の習慣や性癖を誤解したせいだと納得できた。彼等は日本人が殆ど英語を理解しないと知っているので、笑顔で応対するのだが、お互いに話が通じないので、日本人はその笑いを嘲笑と感じるのだ。朝食や夕食の手配が遅いのは、前もって料理の内容や、時間を予約しないからなのだ。この点では成功した僕たちは、朝食も夕食も時間通りにおいしく食べることができた。部屋では無線LANでNETに接続できた。更にチェックアウトの時には、オーナーの娘さんが厚手のスカーフまでプレゼントしてくれた。スカーフは日本に帰ってまことに役だっている。
スカーフを渡される時に、女房は売りつけられるのかと目を三角にしたが、プレゼントであると知って、目が丸くなった点については、亭主たる僕はまことに恥ずかしかった。一泊$26.5で朝食付で、かようにきれいな部屋で過ごせるとは未だかってない贅沢であった。
唯一の欠点は、蚊が飛んでるってことで、だがこれは、この国では当然のことなのだろう。蚊取線香を使うと、タバコを吸ったのではないか?と聞かれ説明すると了解した。蚊取線香では無く無臭の電気式を使えばよかったのだが、200V対応かどうかである。差し込みは日本ので使える。大きな殺虫剤の噴霧器を使えば?と提案されたが、それは断り、蚊取線香を使い続けた。それともう一点あった。風呂はごつい石造りの湯船があり豪勢なのだが、湯沸かしが一定湯量を沸かすタイプなので熱い温湯が長く続かないのだ。が、暑いこの国ではぬる湯でも良しとすべきだろう。但し空調機は完備で、滞在中は停電も無かった。
またまた、話が進みすぎたので、元に戻す。
初日は、タケオに行くことにしていた。ホテルは国道から南に入るタブール通りにあるから、国道に出て少し東に行けばタケオがある。行ってみると安宿~って感じの旅籠で、玄関脇の通路に沿って縁側の様なのが続いていて、そこが食堂兼用らしく、日本人がたむろしていた。中に入って現地人のおかみさんらしき人にラチャナさんは?って聞くと、椅子に座れと言い、携帯電話をかけた。この国では客人に立ち話はさせないとの習慣らしい。マレーシャでもそうだが、ここでも一般人の外国人つまり客人への応対は極めて丁寧なのだ。
ラチャナさんが出て携帯電話を渡された。しっかりとした日本語で、彼女(ラチャナさんは女だった)は今、プノンペンに居て帰るところだから、僕たちのホテル(KAZNA HOTEL)に5時頃に行くとの話であった。ホテルに戻りひと眠りすると5時であった。ロビーに行き誰か来なかった?かと尋ねると、丁度来たところです、と指さしたが、オーナーの娘さんと同年齢で、小柄で顔つきも同じ、シャキシャキとした女性であった。カンボジアの若い女性は皆同じように華奢で賢くて働き者らしい。TOURのスケジュールと金額を確認して支払はT/Cでとして、打合せは終わった。何故、漢字までも理解出来るのかって聞くのを忘れてしまった。
TC支払いで総額250ドルで、T/Cは手数料3%が必要だが、残っていたドルT/Cを使いきるのが目的であったので仕方がなかった。なお、釣はドルでくれた。この国ではドルが普通の流通通貨となっている。サムによると、ATMでのキャッシングはドルと現地通貨のいずれかを選択できるらしい。
それから3日間はフルでアンコールワット地区の世界遺産を楽しんだ。
初日はトムの愉快なガイドでアンコール主遺跡を楽しみ、2、3日はサムの運転と案内で、アンコールワットの夜明け(サムは入口までだが先日にアンコールワットは訪問していたので問題なく表紙の写真などを取った)と、外れ部とか遠隔地は案内されて楽しんだ。
3日目は、夕刻にトレンサップ湖のクルーズが予定に入っていたが、姉が土産を買いたいと言うので、山に登るにとどめて、OldMarcketにと急いだ。
それぞれの旅の詳細は、ガイドブックに書かれている通りだが、コーケー遺跡、ペンメリア遺跡等の遠隔地も、危険を一切感じることはなかった。運転手サムが案内してくれたので、更に安心であった。クバールスビアンは山に登るハイキングのようになるが、ここさえ、道ははっきりしているし、見学者は多数であった。ただ、岩肌の道は滑り易く、滑るとけがをする恐れがある。実際、僕たちの登っている最中に後方で悲鳴が聞こえ、何事かと見ると、白人の小父さんが転んで大けがをしていた。薬入れは車の中に残していたので、持っていたチッシュを全てあげたが、かなり出血していた。それと、トレンサップ湖のプノンクロム(それにトレンサップ湖周辺も?)はアンコール遺跡群に入るので、遺跡群入場券が必要となるらしい。実際、監視員がちゃんと滞在している。但し、心ずけで通過できる可能性もあるらしい。
ホテルへの支払いは、朝食付(fruit付、紅茶、coffee選択)TWIN2室(部屋がつながったスイーツ)が4泊で、$212、クリーニング3回分、夕食2回、昼食1回込みで$280であった。安いものだと感心したが、SIEMREAPでは贅沢な宿泊だったかもしれない。
なお、夜食についてだが、1人当たり、ホテルで$10程度、TOUR途中の良好なレストランで$7~8程度、OldMarcket入口のレストランで$4程度、汚いが旨い麺類屋は、$2(高め)程度であった。パクチを入れて欲しくない時は、「コムダ チー」って言えば良い。

KUALALUMPURへの帰りの便は、英国人とフランス人のツアーグループでほぼ満席であった。入国時は古い書式の入国カードを言うまでも無く配布したのだが、KUALALUMPURへの入国カードは配布しない。スチュワードにくれと言ったが、何故か理解できないようで、到着も近くなり2度目に催促して漸く、「あっ」と言う感じで用紙をくれた。空港に着いて判ったが、この便でKUAKALUMPURに降りたのは我々だけで、他の人は皆、欧州へのTRANSITだったのだ。到着はCゲートで、何故か日本から着いた時にはみつかったCitiBankのATMは見つからず、そのままバスでMainTerminalに行き、荷物場に行くと、我々の荷物だけが、ぐるぐると回っていた。AirportTaxiは、何故か前回より安く102RMで、まぁとにかくTicketを買って外に出て、ATMで700RMをキャッシングしてからTAXIでホテルに向かった。

KUALALUMPURは雨続きで、その合間を縫い、ChinaTown、それに、駅からLRTを活用して、sentral駅や、KLCCを訪問した。切符は自動販売機で容易に買える。
KualaLumpurも満喫したが、ホテルのReceptionにはまいった。以前の2回宿泊は、インド系女性一人が応対したのだが、3度目は、体の大きなインド人が、女性の後ろで監視するように居て、たまたま、僕のチェックインを対応した。現金支払いだと言うと、2日2室で520MRだが、ボンド込みで、600MRを要求した。金を支払うと、おどけるかのように、その金を胸のポケットに入れた。部屋のキーCARDを渡したが、朝食券を出さず、要求するとバイチャーをじっくりと読んでから、漸く朝食券を渡した。なんとなく気分の悪いおっさんである。
部屋に行き、ベトナム航空のRECONFIRMをしようとしたら、電話が不通であった。12階の部屋から、G階に降りて、さきほどのインド人に言うと、「このホテルは部屋からのcallはサービス外だ」と言う。僕は怒って声を荒げたが、インド人に言い合いで勝つことはない。そこで、あきらめたが、手帳に「THIS HOTEL do not serve call from room]と書いて、日にちとサインを書かせた。名前も聞いておいたが、後で役に立った。
出発の日のTAXIは今回は90RMであった。ここのTOUR-DESKや、レストランや、荷物預かりの対応は極めて良いし、作業者に直接言うと、対応は良いのだが、インド人の男は最低であった。それと、奇妙なのだが、初回はRECIEPTを封筒に入れてくれたのだが、2回目はRECEIPTを封筒にいれるのだが手渡さず、ただ、ボンドの支払い書はくれた。最後のチェックアウトでは、やはり、RECIEPTを封筒に入れるのは、目の端に写るのだが手渡さず、ボンドの支払い書さえくれなかった。その時は現金で支払ったから問題あるまいと考えたがそうではなかった。
日本に帰った当日にたまたまVISAの明細書をNETで見ると、最後の2泊分が、それも、キャンセルした筈のBOOKING.COMを通した金額がVISAで引き落とされていた。どう考えても不思議だ。VISA-DESKに支払いを停止するように連絡したが、既に引き落とされている。クレームを書類で出すようにと、手ぬるい方策を言い、しかも、RECIEPTが無いと難しい、とのことだった。その対策はするとして、と直ぐにCITIN HOTELのReservationCenterとCitinPuduに、少なくとも調査しているかどうかを回答欲しいとMAILしたが返信無く、翌日夕刻まで2度ほどメールしたが返信は無い。そこで、方針を変えて、経過を明確に書いて、CITINグループ各所にメールした。更に翌日は、CITIN PUDUのRECEPTIONでの、RECIEPTを出さないとの怪しげな振る舞いや、インド人の電話についての返答、それに、金をポケットに入れた状況も含めて、CITINの方々にメールしたら、直ぐに、ReservationCenterから、CitinPuduが対応するとの返信が来た。休日であったとの弁明もちょこっと書いていたが、ホテルに休日もないやろ、と思った。CitinPuduから、調査するとの連絡も入り、2時間ほどで、REFUNDするとの返信が来た。その翌日にちょうど、VISAからのクレームFORMATが来たので、HOTELのRECIEPTは無いものの、HOTELでの昼食や、tourdesk、レストランのRECIEPTと共に、インド人の署名や、これらのメールも一緒にVISAに送った。
なお、勝手にCHARGEできるなんて恐ろしいことなので、手元のVISAは閉鎖して新しく発行してもらった。が、REFUNDは、古い番号に出来るとのことであった。この出来ごとのおかげで、いろんな支払のVISA番号変更が発生してしまった。CITIN puduのTripAdvicerの評価については、{危険!」って書いて、その事情を記載した。
ってことで、今回の旅行での、ハプニングを漸く書くことができたのだが、この出来ごとは、HOTEL puduのRECEPTIONの連中が仕組んだことに違いないと思うがどうだろう?何故、こんなことが起こったのか、との質問には、CITINは一切回答する気は無さそうだし・・・
またまた、話が先に進み過ぎた。
で、その後だが、CITINからの返却金は2回振り込まれた。つまり、ややこしいことに、今度は僕が1回分を返却すべき義務が生じて、VISAに連絡したが、かような事は本気では対応しないようだ。面倒だがCITINに対して、「VISA経由で返却手続きをせよ」との連絡をしなきゃならんハメに陥ってしまった。一応本件は、CITINの謝罪とみなして、NETでの非難は全てひっこめることにしたが、金は絶対に返却するぞ。

かような事態が生じるとは、全く思わせないほどに順調に空港に着いた。で、RECONFIRMが出来なかったので、ベトナム航空の事務所を探して、3階の事務所に行くと、既にRECONFIRMは出来ているとのことで、ホーチミン空港まではがらがらの飛行機で夕食も出た。ホーチミン空港発は23:55で、やはりツアー客優先の席で決まっていた。狭いJAL仕様で、しかも、JALのエコノミー席は背中が丸まって、後頭部が突きだした人間工学的に最悪に設計されている。それに加えて、ツアー客は平気でリクライニングを作動させ、食事の時も、席を離れる時もリクライニングしたままである。液晶画面は鼻の先にくっついてしまう。ツアー客って嫌!ってとこですね。
僕の席は中央4列に3人並んだ最も奥で、隣の通路側の席もツアー客に占められた。僕の前が、リクライニングして窮屈になった時に、やれやれ、JAL系は狭いなぁってひとり言を言うと、隣の男は、貴方もリクライニングしたらいいですよって助言をしたが、精一杯リクライニングを掛け合うと、中央部はトイレに行くのも大変だって全く理解してないのです。やれやれ・・・。
で、結局、旅の始めと終わりは、JALのおかげで嫌な旅になりました。JALとANAとには常に距離を置こうとしてるんですけど、こんな結果もあるんですね。
ただエジプトとは違い、今回の旅は避寒の旅となり、寒さが懐かしく思われる旅でした。帰ってから寒さが余り苦にならないことに気づきました。なぜでしょうね?

旅が終わっていつも思うのだが、今回もいつもと同じように、トラブルは解決できる程度だが、いつもいつも、よたよたと旅をしている。同じ所に旅すれば、より充実した旅になることは間違いないのだが、女房殿が「同じ場所は嫌」だってのたまうので仕方がない。だが、少なくとも、10月の旅はインドに二度目だ。だが、インドは広すぎる。やはり、よたよた旅が続くことになるのだ。

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