2012年5月8日火曜日

青春18切符で千葉から近畿へ 2009年3月30日~

京都、奈良の古都の旅行記は、もっと、ず~っと美しく、かつ丁寧に作られたのが投稿されているに違いないと思いますんで余り多くを記述しません。で、むしろ、青春18切符を使って行けばどうなるか、って、またまたおせっかいな投稿です。

ところで最近はなぜ海外旅行のピッチが落ちたか、興味のある方は居ますか?返事がないので、その件は省略します。

青春18切符の内容と使い方、各方面への列車時刻表については、「青春18きっぷとは」で検索すれば詳しいのが出てきます。要するに、学生の休暇時期限定で、JRで1日乗り放題切符が、5回分で、11,500円で購入できます。例えば、東京-大阪間を、快速、鈍行で片道を2,225円で移動できるってことです。
つまり、暇人用の、節約力旺盛な人で、しかも好奇心並びに体力ある人のための特典です。
ちなみに僕の場合、東京に出るまでJRが無いので800円程度掛かり、そこから大阪まで2,255円って、アンバランスが生じるのです。
先述の「青春きっぷとは」で調べ、平日東京発9:33熱海行きに乗ろうと行ったのですが、早めに着いたので、快速アクティー9:15分発に乗れました。で、結局は大垣で、9:33発で乗り継ぐのと同じ列車になってしまうのです。かように結局は「青春18きっぷとは」で紹介する列車に収束してしまうのですが、記載の乗継列車に乗るよりは、早めの列車に乗ると、乗降者数が少なくなるとか、例えば途中でトイレに行けるとかの、余裕ある行動が取れるようです。
帰路は、青春切符に記載通りの大阪発7:03って列車で、出発したのですが、富士に着くまでラッシュアワー並みの人々、概ね熟年者達と行動が一緒で、席の奪い合いに終始しました。
●この教訓からすると、記載の列車よりは早目の列車で行動して、ネックとなる列車の場所に早く着くようにすると、乗り換えが容易になるわけです。
●もう一点は、「青春18きっぷとは」に記載の乗換えだと、途中駅からの乗車になる場合があり、出来るなれば始発駅で乗換る方法が良いようです。但し、殆どは始発駅を十分に考慮したスケジュールを掲載しています。
●昼食時間が、往復とも熱海-浜松間の通常鈍行になる場合が多いのですが、この区間は、地元の通学、通勤、買い物列車で弁当を食いにくいって問題があります。でも、しゃあないですから、東京駅のコンビニで買ったおにぎりにくらいつきましょうね。早目の列車で行くと、空いた列車に乗れるとか、駅での待ち時間にくらいつけるとか、も工夫できます。
●富士山は、富士駅前後で美しい姿を見ることができます。
それに蛇足ながらも加えますと、東京駅から行くと、富士駅を過ぎた辺りで、1940年頃に、僕の先輩が、大昭和製紙に収めた「製紙用チップの旋回式山積み機」が、鉄道の右側(富士山側)のすぐ脇のヤードにチップの山を作っています。この先輩は思いもよらない発想の持ち主で、見事な設備を計画する人でして、この設備でもこの能力を発揮してなかなか恰好の良い設備となっています。実は、そのずっと後で、JRの鉄道越えでの別の新ヤードにチップを運ぶ設備が計画され、僕が見積もったのですが逸注しました。が、今でも鉄道越えの装置が無いところを見ると、その計画は実現しなかったか、若しくは、計画が変わったものと思えます。
●ヤマトタケルの尊で有名な、くさなぎ駅とか、家康の岡崎、関ヶ原って歴史的名称の駅だけではなく、秀吉の矢作川、桶狭間のあった大高周辺、斉藤道三の岐阜、なんぞと、歴史の流れに頭をめぐらす地名がどんどんと出てきます。
特に関ヶ原を通過する時には、西軍と東軍がどう布陣したかとか、大垣からどう移動したのだろうか、等と考えてしまいます。
これって非常に楽しいです。ついでに加えると、淀川周辺では、楠正行が布陣した八幡山とか、明智光秀の天王山とか、興味深い歴史地点があちこちにあります。

では、京都、奈良での行動を要約して記述します。
●平等院から宇治上神社、その後、伏見稲荷を散策しました。
平等院は、子供の頃に行っただけですが、平等院って繊細な建築物であるとか、池越えに如来さんの顔を拝めるとか、如来さんの額に水晶が埋めてあるとか、楽しい事実に気づきました。それだけでなく、宇治川は、木曾義仲と源の義経の戦った場所ですが、なぜ京都の南端が戦いの場となったかが地形的に十分に判りました。要するに、琵琶湖側から京都に行く通路は、宇治川に沿って進むのが最も容易なルートってことですね。
伏見稲荷の千本鳥居って、山の上まで延々と続いていて、とても疲れてしまったです。でも、鳥居の年代とか奉納者をみているだけで楽しいものですよね。
●山科の琵琶湖疎水(僕ひとりの単独行です)
最寄駅が高槻ですので、JR新快速で山科に向かいました。3月31日ではちょっと櫻は早過ぎたようです。それとも、今年は桜の色が冴えないか、木が弱っているかのように思えました。どなたか、最盛期に行って報告してもらえないでしょうか。
琵琶湖疎水を、琵琶湖側トンネルから山裾に沿う疎水脇を、南禅寺側のトンネルまで歩き、そこで少しもどって山裾から山科盆地に降りて山科駅に戻りました。
JRで京都駅に戻り奈良線で奈良に向かいましたが、JRは実に有機的に接続してるな、と感心しました。

(注記)疏水は山科盆地の北の端を山の中腹に沿って、くねくねと、多分、3km程度地上を流れ、京都インクラインに続くトンネルに入ります。この様子はYAHOO地図で山科って入力すると見られます。山科盆地自体が、盆地と言うよりも、狭い谷間です。しかも、その谷は京都の南端の宇治よりちょっと京都側の六地蔵ってとこから、北東に入り込んだ谷で、大津側とは山で阻まれています。(上記地図を航空写真様式にすると判ります)
大津側からは、宇治川が山科との間の山に沿って、六地蔵よりもまだ南側の平等院あたりに南下して流れ京都盆地の南端に入り、そこから北上して鴨川と合流して淀川になってます。次いで木津河と合流します。この辺りの地勢って今回初めて気づいたですが、東から京都に攻めのぼる場合は、宇治川を瀬田の唐橋で越えるか、宇治川に沿って、宇治に至るまでの間で渡ることになりますね。宇治川流域の京都側の山はそれほど深くないから、いろんな経路で京都側に入れるので、京都は守るに難いってことは、こんな地勢のせいだと、いろいろと勉強できます。

●奈良には何度か行ったけども、JRで行くのは初めてです。で若干戸惑いましたが、初めての3条通りを東に向いました。通りの先の右側で、先ずは猿沢の池を見渡し、次いで左の興福寺へと入ってゆきました。いいですね、日本の古い建造物って。東金堂、5重の塔、南円堂、3重の塔、と、どれを取っても美しいです。ただ鹿が多数いるんですけど、連中って、無愛想で生意気な顔付をしてます。このどれもが、この歳になって判ったのです。特に、建造物の美しさと大きさはローマ時代の建造物に劣らないって初めて気づいたのです。
その後、南大門を経て東大寺に行きまして、もっと感動しました。なるほど、僕の生来の感性だと、日本の古代建造物や仏像の良さが判るには、歳を経ねばならなかったのだと実感したものです。
ところで、ローマやイスタンブールのドームの最大径は50メートル台ですが、東大寺の主要寸法と同程度です。人間の作るものって同じなんでしょうか?
●いろいろと感心してから、JRの駅に戻り、直ぐに発車する列車が難波行きでしたので、これに乗り、天王寺で降りて環状線で京橋駅に行き、学園都市線(昔の四条畷へ行く片町線)で河内磐舟駅に行き京阪に乗換えて枚方まで戻りました。凄いですね。一日JRは18切符の独断場でした。
ところで天王寺に行く途中で、久宝寺から学園都市線の枚出に接続する新線が出来ていたのですね。近畿も便利になってます。
●翌日は、飛鳥めぐりを楽しんだのですが、丹波橋から飛鳥まで近鉄で片道820円です。う~む青春18ってほんとにいいなあ、とつくづく考えました。
飛鳥って奈良盆地の中央にあるのかと思っていたのですが、奈良盆地の南端の東側山裾の谷合にあるってことを知りました。恐らく当時は奈良盆地は今よりの湿地化していて、人が住むのは山際であったと思えます。橿原神宮駅から飛鳥をめぐり飛鳥駅に行くコースを歩きましたが、全般的には、僕の育った昔の村々って雰囲気でした。日本最古の仏教寺や、聖徳太子生誕と言われる橘寺、酒船石や石舞台、高松塚古墳(工事中だが、壁画館でその素晴らしさを十分に味わえる)とか、かような辺鄙な谷合が日本の文化発祥の地であり、それほどの経済力が生まれるであろうかと不思議に思えたのです。ただ、この時代にはまだ文字が無かったってことが信じられないほどの文化を擁していたことになります。とにかく、一度は訪れるべき場所でした。

ってことで、僕の奈良、京都旅行は無事終えたのですが、桜を見るなら、もう一週間遅らせるべきであると勉強しました。青春18きっぷは、4月10日まで有効ですから来年はこの線でと考えています。

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