2012年5月7日月曜日

カムチャッカ旅の計画と計画破綻、東北大震災の経過、それから、京都桜旅と東海道昼間特急バス 2012 4月4日~

京都桜旅行
昨年の今頃も、青春18切符を用意して、大阪・京都に行くことにしていた。
同時に、7月にはカムチャッカに行こうと、現地ツアー会社と交渉してほぼ折り合いが付き、現地ツアー会社から入手した招待状をロシア大使館にメールし、ビザ発行に有効であること等を確認し、最後に、航空券だけを先行予約しようとした。が、カムチャッカ直行便をチャーターしているロシア・ビューロー社は、ツアーであれば先行予約出来るが、航空券の予約だけではもっと先になる、と返信してきた。要するに儲けの少ない仕事はしないと言うことだ。そこで、ネットを調べ、米国ウラジオストック航空支店で、同じチャーター便を、つまり、7月のカムチャッカ直行チケットを販売していることを知った。メールで問合せしたところ、「販売出来る」との回答を得た。よしこれで全てOKと、カムチャッカ現地ツアー会社に支払い条件を確認したら、全て前金との回答であった。が、参加者が8人程度で総額160万以上にもなっており、とても全額前金では、僕が参加者全員への責任を持てないとの判断で、ツアーを中止することにした。
仕方なく、米国ウラジオストック航空に、ツアーの事情説明しようとパソコンに向かっている最中に、あの地震が来たのだ。恐ろしい揺れで、その揺れのゆるんだ一瞬に、パソコンを持って庭に飛び出し、庭で英文を打ち、メールを発信した。メールには今、地震の最中であるとも付け加えた。庭の周囲の電柱や木々が恐ろしく揺れ動く中でいったいどうなるのかと地面に座りこんでいた。思えば、その日は、今年とは全く違って暖かく、庭に居ても地震の恐ろしささえ無ければ心地よい日であったのだ。
その後、米国からメールの返信が来た。米国人て友人にふさわしい連中だ。
XXXX-san
We are following news about the earthquake very closely and our heart goes out to you; we hope that you and your family are safe. We wish you and all the Japanese people well in dealing with this tragic incident.
Respectfully,
Mxxx

この連絡に、翌日、僕はかく答えた。
Dear Mxxx-san
Thanks for your sincere words.
Fortunately my family are all safe. My last daughter came back in the early morning who stayed in Office in Tokyo because of traffic stoppage.
May be Takase-san also stayed in Tokyo last night as my daughter.

Maximum vibration power of the earth-quake is near 2000gals and over the last biggest Kobe's earth-quake which maximum is about 1000gals.
I know that most structures are designed less 1000gals vibration but safety factor about 2 is additionally considered.
so even if those are not destroyed but most structures including atomic-power stations shall be damaged.
And Thunami attacked coast area, Therefore more than 1000 people are dead or missing and now more increasing.

I am living in Chiba near Tokyo where basically bad ground condition. But fortunately my house is on old and hard ground.
So my house is all OK even if vibration of the house was the biggest ones I had ever experienced.
Now still it happened earth-quake each one hour or half an hour. But those are usual one.
So my life is now almost usual and watching miserable situation of North Japan in TV.
Japanese government and self-defense force are properly working and USA-force also joined in the work.
And most function of Japan is all OK.
Thanks for your kind words from one of Japanese.

この時点では、まだ原発の危機については全く気付いていなかったようだ。この地震、特に原発の崩壊で、日本、それに、勿論、僕の人生はとても暗いものになったような気がする。
更に、この時点で既に米軍が動いていたのだ。この事実は忘れてはならないと思う。
ところで、その後の日本社会の乱れは凄いもので、交通機関もがたがたになってしまった。結果から言えば、カムチャッカ旅行は中止して正解だったと思える。なお、最近になってロシアのビザ取得条件が緩和されるとの情報が流れている。カムチャッカ旅行は、それが実現されてから再考するとしよう。

先にも書いたが、その後、関東そのものが無茶苦茶になってしまった。その状態は、僕が好きだったSF小説の、近未来でのパニック、例えば、原子爆弾戦争や、小松左京の日本沈没、其のほかいろんな小説で書かれた世界が、そのまま関東でも有ったのだ。特に放射能の恐怖を、かように身近に感じる時代が、僕の人生、一度も戦争を経験することなく生きてきたその末期に、訪れるなんて思いもしなかった。それまでは、我々の世代は戦争を経験することなく過ごせる、日本人どころか世界でも稀な存在だとの誇りを持つだけではなく、日本の技術者としての誇りにも満ちていたのだが、東京電力、特に原子力関係の技術者や、日本の原子力関係者が、これらの誇りを粉々に砕いてしまった。どうやら、日本の電力、原子力分野には、最低レベルの人間達が集まっていて、彼らが日本を無茶苦茶にしてしまったようだ。
彼らの無能ぶりは無数にあるのだが、若し僕が現場責任者であったとすれば、少なくとも、廃炉にはなったかもしれないが、世界中に放射能をばらまくなんて結果にはならなかったであろうとさえ思える、さように馬鹿げた出来ごとであったのだ。一例をあげれば、現場に送られた発電機の電圧や、接続口仕様が合わなかったなんて、こいつら阿呆か!と怒りを感じる。それどころか、後からの情報だと、首相自身が、発電機の台数とか仕様を確認していたらしい。こんな仕事は首相が尋ねるまでもなく、それに関与する技術者であれば充分に確認しておくべきことなのだ。それほど、原子力関与の技術者達は、原子力なんて危険な物を扱うとの経験どころか、全く危機感がなかったのだ。原発技術者は科学者の阿呆さ加減は別にしても、最後の段階でも、恐らく、全電源遮断時の現場訓練さえ実施していれば、あの事態を防ぐ態勢作りは、僅かな費用で簡単にできたであろう。
そうして、僕が見る限り、菅首相はよくやったと言えるだろう。それに対して、マスコミや自民党、それに経済界、その彼等は、そもそも原発を推進した連中なのだが、その彼等は菅首相の足を引っ張るばかりであった。
連中、主に原発を推進した科学者達は、今でも安全だ安全だと言いまくり、その一方で、原発事故以前の安全基準を、無節操、自由勝手に危険な側に移して、それを説明の根拠にしている。連中がよく言うのは、「焼却ごみの8000Bq/kgは全く安全です。なぜなら人体には7000Bqは誰でも持ってるんですよ」ってパターンだが、成人男性は体重60kgはあるだろう、とすれば人体の放射能強度は、7000/60=117bq/kgになり、焼却ごみの放射能強度はその68倍もの大きさなのだ。この言い草ひとつとっても、原子力科学者の頭脳は狂っていると考えて良いだろう。彼等は食品に対する放射能レベルが国際標準に戻されたことについても非常に不満だと表明している。前の非常時基準でも健康には全く問題は無い、とこれは僕が直接聞いた発言だ。
かくして、連中は、日本人を放射能の影響について、国際標準よりもっと危険なレベルで生活すればどうなるかの、恰好のモルモットに提供したいとと考えているようだ。原発以前には、彼等は日本の原発の安全性を世界に表明していたのに、今はえらく違うことを言っているのだが、本人達にはそこにある、大きな矛盾が全く感じられないらしい。

そのような状況下で、日本中の交通機関が混乱して、青春18どころではなくなった。仕方なく、津田沼に切符のキャンセルに向かったが、給油を求める車の列で国道16号線はすさまじい渋滞で、駅の切符売り場も、何とか目的地に向かおうとする人、切符をキャンセルする人々であふれかえっていた。青春18は何とかキャンセルできたが、どうしても大阪に用事があり、青春18はキャンセルして、JR昼間高速バスを予約して大阪に行ったのだ。

さて今年は、青春18を使いたかったのだが、女房も別件で用事があり、女であれば、楽な方が良かろうと高速バスを選んだ。ただ今年は寒さが厳しく、桜の京都を楽しめるかどうかが問題なのだ。

ところで、僕の住む場所での放射線量だが、千葉県では、測定点が市原にある。新聞で発表される測定点は、不思議なことに、各地で高さがばらばらで、何ヶ月かしてから漸く地上1mでの測定データも発表されるようになった。特に千葉市原での1m高さでの測定値は、なかなか発表されず、恐らく、人々を驚かせたくなくて、地上部での放射能レベルを下げるために何らかの処理をしたのだろう。それにしても、NHKは相変わらず高さも判らない測定データを毎日毎日放送し続けている。はっきり言って馬鹿ですな。
僕の住む市は、ホットスポットの柏に近いのだが、市は全く無関心を決め込んでいる。仕方が無いので、自分は自分で守ることにして放射能のことを勉強し始めた。
その勉強結果を記すと、次のようになる。

放射能物質が均一に降下したとし、さらに、放射能物質をセシウム137とした場合、その濃度と放射能レベルは下記の資料から算出される。
http://4travel.jp/dynamic/jump.php?url=http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/docs/BqToSv.pdf#search='面線源 シーベルト算出式'
計算手順を理解できれば、より確実な理解となるが、それが出来なくても結果の式で簡単に放射能物質密度と放射能レベルの関係を計算できる。なお、結果式の誘導には微分方程式も使われているが、指数関数の積分を含む、極めて一般的で簡単な解法で容易に解ける代物でもある。
とにかく、この、P14の17式で、地上面での放射能物質密度がp = 1 kBq/m2 なら、高さ1 mでの吸収線量率ϵabs は約0.002 μSv/h ということになる。同じ関係を逆に使えば、線量計の読みから地面の汚染を計算できる。グラフからμh(μ=0.01、h(m))から、係数を決めることも出来る。ただこの式は、半減期30年のセシウム137の場合で、今回の事故では、半減期2年のセシウム134が、降下時点で降下量の1/2を占めている。そこでセシウム134の影響がどうなるかも調べた。
下記の論文によると、セシウム134は、エネルギー的にセシウム137に対して、2.倍の放射線を総計2.7倍程度のエネルギー量になる。
http://4travel.jp/dynamic/jump.php?url=http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/details/Cs137vs134.html
放射能測定機には、2種類あって、安価な放射線測定器は、ガンマ線の数を測定して、これに、セシウム137の放射エネルギー量を掛けて数値を放射線レベルとして表示するのだが、これが一般的で、更に高価な測定機は、放射線一本毎のエネルギーを測るタイプだ。そのため我々の買える通常の測定器で測定し、セシウム134が半分を占める場合は、その表示に対して、(1+2.7/2+2.7/2)/3=1.23倍すれば良いことになる。ただ2年すれば、セシウム134は半減するので、測定値と実情値は一致することになる。

これらの知識を元に、家の周辺の放射能を測ったが、結果はこうなった。但し、セシウム137のみとして測定している。
•自宅周辺の放射能レベルの報告 単位は全てμSv。
①自宅屋内は、0.1程度
②屋外周囲は0.15~0.2程度
③集水舛周辺 0.2~0.3程度
④集水舛地面 0.5~0.55程度
⑤家の前の溝周辺地面 0.25~0.3
⑥貸農園周辺(地上100mm) 0.1~0.2

貸農園では想定外に少ないようだ。若干ほっとした、と、言っても、放射能降下量は数万Bq/m2以上はあることになる。米国では地上放射能密度が数千Bq/m2でもわ~わ~と言ってるようだ。これに較べて、恐ろしいことだが、日本人全体が、かような事態に、精神的に慣れてしまったようだ。モルモットとしては最適の国民ってことだろう。
貸農園では、周囲に建物や舗装が無いことで、放射能がまんべんなく降下したまま、放射能物質が集中することがなかったせいで予想外に少なかったと思える。逆の理由で家の周辺の方が放射能レベルが高いのだろう。
僕の測定した貸農園は、僕自身が、かなりの期間を借りていて、収穫物の残さに加えて、家の生ゴミ、庭の雑草や剪定物を埋め込み、長年に亘って土地を、無農薬ながらも改良を重ねてきたが、これらの努力も、原発からの降下物で一瞬にして無駄になってしまった。東京電力や原発科学者、技術者は、僕のこの悲しさに比べて遥かに巨大な悲しみを日本中に与えたのだが、彼らの言動を見る限り、彼らにはこの責任感は殆ど感じられず、あたかも、人々の悲しみとか苦労は、人々が勝手にそうしているとさえ発言している。
ほんとに疲れる事態だ。

集水枡は、水洗いしたが、0.05程度の効果しかなかった。つまり、0.5μSvなんて悲しい事態になっているのだ。だが、不幸中の幸いと言うか、集水枡の放射能は点音源なので、ちょっと離れれば放射能レベルは一気に下がってくれるのだ。
これらの結果からすると、我が家は、集水枡内の砂か泥をなんとかすれば、人間が生存できる環境になることが判った。が、問題は、その砂や泥をどう始末するかである。庭を深く掘ってそこに埋めるって方法もあるが、30年後でさえ、そのことを知る人間は存在しなくなって、誰かが掘り返すことになり、思わぬ事態が生じる可能性がある。よっく考えてみることで現状放置とした。できれば、東京電力に引き取ってもらいたいが、その方法には極めて妥当性がありそうに思える。

今回の出来ごとでいよいよその感覚を強く感じるのだが、日本は、もう組織的にはどう仕様も無い状態になっているようだ。戦争での崩壊そのものが、日本の組織そのものの腐敗で生じたのだが、その腐敗の責任を問うことなく復興したがために、組織が腐敗する原因はそのまま、新しい腐敗を生じたのだろう。そうして、今回の出来事も、誰の責任であるかの追及も無く、組織の何が問題かを掘り下げもせず、単に、忍耐強い一般人の力で復興が行われ、どうせまた、腐敗した組織がその上に出来るだけのことであろう。だから日本の今後には何も期待することなく、自分の喜びだけを追求することにしよう。

だが、何故か地震以来、鬱々とする時間が多くなった。困ったことだ。自分の喜びを追求するとの趣旨に沿って、何とか今回の京都旅行を楽しめるように工夫しなければならない。

桜鑑賞地点は下記の場所を目標として、知積院では長谷川等伯の作品を見ることもできる。
① 知積院 ② 知恩院藤桜  ③ 京都府立植物園
実は、桜見物だけではなくて、大阪にある別宅の内装、特に、壁紙に塗料を塗ることも今回の重要な目的としている。最近は壁紙を張り替えることなく、塗装で済ませることが出来るようなった。おかげで、塗装工事にはかなり達者になったのだが、その奥義については記述を省略する。

東海道昼特急の旅は、もう何度もの事だが、相変わらず楽しいものだ。実は、朝の九時代は、以前は東海道経由であったが、今は、恐らく新宿からの乗客も集客したいので、中央道経由になってしまった。東海道経由は、織田徳川の歴史街道だが、中央道経由は、武田の歴史街道となる。更に、東海道は海の道であり、中央道は山の道って楽しさがある。共に素晴らしい旅だが、今では東海道経由の旅は、その運行時間からして難しくなってしまい、かなり寂しい状況だ。
参考のために昼特急の時間帯は下記となる。また、運賃は週日が1000円程度安いのだ。
http://4travel.jp/dynamic/jump.php?url=http://www.kakuyasubus.jp/kanto_kansai/tokaido/index.html#timetable
ただ、今回は、桜の季節が遅れ、関西の桜を楽しんでから、帰路や千葉に帰ってからも桜を楽しむことができた。

今回、7日~8日が御所公開の日であり7日の9時には御所に着いた。京阪出町柳から歩いて10分も掛からないのだが、知らぬものだから、京阪丹波橋で近鉄に乗換、近鉄竹田から地下鉄乗りこみの国際会議場行きで、今出川で降りた。そこから見学口の乾門までは直ぐで、御所を見学後、御所の北側のしだれ桜群を見てから、出町柳までが近いことを知った。ところで、御所の見学を終えて出口から出ると、既に見学者の列は凄いことになっていた。結局、京都の桜の季節は、朝一番に行かないととてつもない群衆になることを知った。特に、翌日平等院を見てから醍醐寺に行ったが、出遅れた醍醐寺は、とても桜を楽しめる状態ではなかった。
話が飛んだが、御所の後は、出町柳に出て、京阪で丸太町まで行き、そこから琵琶湖疎水にそって、平安神宮⇒インクライン⇒南禅寺と素晴らしいルートを散策した。南禅寺の後方の水道橋とか三門を楽しみ、そこから知恩院、八坂神社を観光し、次いで、河原町で夕食の買い物をして宿泊地に戻った。この河原町で、数日後にあのような悲惨な出来事があるとは思いもしなかった。
翌日は、先ずは京阪で平等院に行き、次いで、平等院から国鉄で六地蔵に行き、ここから京都地下鉄東西線で醍醐に向かった。先にも書いたが、醍醐寺は余りの人出で全く楽しめなかった。桜の季節の京都は、朝一番に人出が多そうな所に行き、その後は、広々とした所に行くのが正解なようだ。醍醐寺の後は、地下鉄の一駅向こうの小野に向かい、そこで観修寺を訪れたが、ここは静かで美しい寺であった。
表紙の写真は観修寺の庭の静やかな様子を示している。池にはあおさぎと白サギが居着いていて、池端には双眼鏡が置いてあり、これで鳥を観察できるのだが、鳥の美しさにも感動してしまった。

京都の桜を多いに楽しみ、更には、別宅のペンキ塗りを多いに楽しみ成果は満足すべきものであった。

が、千葉に帰り、4月13日には祇園事件で多くの人が無くなり、14日には大学での友人が心臓まひで他界するとの連絡があった。
人は簡単に死ぬ、と、なんとも悲しい思いと共に、人生を大切にせねば、つくづくと感じさせられる春となった。

その一方で、民主党の枝野経済産業相は、早々と福井県大飯町原発の再稼働を決めてしまった。政治家って不思議な連中だ。昨年にあれほど大変な経験をした本人が、再稼働の安全性について、自分達だけで、しかも、恐らく技術的な問題点を理解できないにも拘わらず、安全だと公言してしまうのだ。恐らく、あの信じられない原子力村の科学者や技術者の言い分を鵜呑みにしたのだろう。なぜ、鵜呑みにできるのかと、日本の指導者達の馬鹿さ加減に、もううんざりとする春でもあったのだ。
さてさて、僕は僕の人生を楽しもう。それ以上に、この日本には何も期待できないのだから。

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