2020年11月4日水曜日

トランプだろうがバイデンだろうが、米国人のレベルで決まることで、どうしようもない。

だが、僕に取って下記はとても重要だ。大阪拠点では、カレー、ビーフシチュー、クリームシチューなでの8皿ルーを作り置きする。特にカレーライスで、大根を入れてもおいしいなんて知らなかった。なんでも入れられるとも知らなかった。試てみる。

大阪拠点独身生活で、最も重要なのは食事で、特に、食事準備が最も重荷だ。食事を楽しめる性格なら良いのだが、どちらかと言えば搔き込むだけの性格なのが問題なのだろう。が、よく考えると、栄養的には問題の無いように出来るし、食事に好き嫌いは無いから、少なくとも食事の準備を楽しもうとすれば良いのだ。これさえ出来れば、独身期間が一週間だろうと2週間だろうと、1か月だろうと、楽しめるネタはいくらでもある。
なにしろ、京都、奈良、大阪の中間点で、少々無理すれば自転車で行ける範囲だ。野宿も楽しめる。こんなに恵まれた状態ってめったにないだろう。

年の功 作家 川上弘美

2020/11/4付
日本経済新聞 夕刊

もしかすると、若いころの方が、今よりも柔軟ではなかったかもしれないなあと思うことが、時々ある。そして、なぜだかそう思うのは、決まってカレーをつくっている時なのである。

大学時代、SF研究会というサークルに入っていた。同人誌を年に2回発行していた。その中の小説に、「カレーに入れた大根が、煮込んで3日目、ほどよく溶けて……」という文章があったのだ。誰が書いたのだか、覚えていない。ただ、「カレーに大根って、冗談だよね」と、作者にきいたら、きょとんとされ、「大根、入れるでしょう、ふつう」と返された記憶だけは、はっきりある。へんだ、へんすぎると、驚いた記憶も。

当時わたしの思う「カレー」には、にんじん玉ねぎじゃがいもと、少しの肉だけが入っており、ルーは市販のものと決まっていた。本場のカレーはもちろん知らなかったし、茄子(なす)やズッキーニを入れるカレーさえ見たこともなかった。グリーンカレーの素もココナツミルクも、未知のものだった。

年月がたち、それらが流布するようになってからも、大根の入ったカレーというものは見たことがなかった。そしてある日わたしは、ふと思いたって、カレーに大根を入れてみることとなる。理由は、特にない。

ふつうに、おいしかった! とろりとした家カレーの中に、大根は、ごく自然にしっくりとなじんだのである。以来、大根だけでなく、さつまあげだのへしこだの柿だの味噌汁だの、手あたり次第に適当なものをフリーダムにカレーに投入するようになった。これぞ、柔軟の極、年の功である。ま、当然当たりはずれは大きいですが……。


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