徳洲会のK先生と、東京医療センターのY先生からとの2通の紹介状がそろったので、八千代医療センターへ行くことにした。徒歩5分だから極めて気楽だ。WEBで調べて、外来棟の予約センターに行けば良いと判っている。外来受付室は極めて小ぶりである。東京医療センターの待合室はまるでグラウンドのような広さがあり、徳洲会でも、その1/3はある。八千代イリョウセンターは 更にその半分以下だ。この方が僕には気楽で良い。
予約係の順番札を出力して30分も待っていると順番となった。
2冊の紹介状を出すと、予約係のお局様と思われる容貌の整った担当嬢は、東京医療センターからの1通を見て「これは、消化器内科宛ですね、他方は、宛先がありませんね」とのたまわり、看護婦を呼んで、宛先の無い徳洲会からの紹介状の封を切り、外科の先生からですね、では外科も受診先とします。と勝手に決めてしまった。また外科では同じことの繰り返しだと、それに抗議しようとしたのだが、案内状は受け付けず、まずは受診してください、と受診予約票を作成して渡した。患者の希望も聞かず、勝手に診察科を決めるって、いかなる権限か、と腹が立ったが、まぁいいか、受診して先生と相談しようと、家に帰ってじっくりと予約票をみると、予約票には、消化器内科は初診のみ、となっている。完全に、外科に受診させようとの意思だ。「そんな命に係ることを事務員が勝手に決めるなよ」と思った。
とにかく、先ずは、消化器内科が初診のみの7月31日で、外科が一週間後となっている。
一週間後の7月31日への準備を確実にしようと、病歴やら、希望する治療とかを書状に書き、
要するに、消化器内科を診察継続にしたいとの書状を作り始めた。書類を見て話せるようにと、老眼に見合った大きさの文字にしたり、太字にしたりと、久しぶりの、プレゼンテーション文書つくりとなった。どうせ先生は多忙だから、といかに少ない説明で、”消化器内科で常時みてもらう”との意向を示すかと工夫した。実は、肺がんだから、呼吸器内科にすべきかと考えていたが、それどころでは無いので、先ずは消化器内科を目指そうと考えたのだ。
(後から、再度 Y 先生からのメールを読むと、先生は、将来の転移も配慮して、消化器内科への転院を薦めていたのだ)
当日になり、診察室に入ると、消化器内科医は、若い女医であった。「紹介状2通を読みましたが、今の容態はいかがですか」との話が始まり、こちらが説明すると、しっかりと聞いている。ついでに、概略治療経過を説明し、化学療法では衰弱が激しく認知症が進行したこと、外科手術では後遺症が激しいことを説明して、「内科のこちらで容態を見ていただき、必要に応じて化学療法や外科を紹介して戴きたいが、放射線治療を最も希望します」と言うと、何と、八千代医療センタ―では放射線治療はやっていないとのことであった。
WEBでは紹介していますよね?と言うと、いえ、WEBはともかく、放射線治療は今は遣ってません、とのことだ。
遣ってないのをしろと言っても無意味なので、では、本院に紹介して戴くとか、東京医療センターに紹介して戴けますか?と言うと、「判りました。ではとにかく、血液検査とCTで現状を把握しましょう」と、これで、消化器内科での受診は決定した。外科の方も受診となっていますが、キャンセルして良いですか?と聞くと、そうしましょうと、さっさと画面上で、外科の予約を抹消してくれた。しゃきしゃきした女医で、こちらの意図を簡単に把握して気持ちが良い。苦労したプレゼン資料を使うまでもなかった。
かくして、血液検査は当日受けて、CT日程と、診察日時がさっさと決まってしまった。
八千代医療センターまで徒歩5分で、しかも、頭の回転が速く、優しい女医だ。
どうやら、運が向いてこたようだと、極めて幸運を喜んでいる。
ただ心配なのは、女房の今後の病状の進展だ。Y先生からの連絡では、消化器内科の先生を主治医にするのが良いとは、肺以外への転移を視野に入れているからだが、そんなに簡単に他の臓器に転移するのかと心配だ。心配の種は尽きない。
女房さえ元気なら、単独で、若しくは、女房を連れて、東南アジヤとか、ネパールやスリランカに長期でstayするのにと、残念だ。
2025年7月26日土曜日
新しい危機を解決すべく、八千代医療センターへ(前編は、新しい危機 を参照)
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