2021年3月5日金曜日

DX推進の間違った方法の経験例

 僕の居た技術部門は、プロジェクトの実施からその工程、費用管理も行う総括的な部門であった。それなれば、詳細設計から見積り・工程管理・利益管理までに習熟している筈だから、DX化は推進しやすだろうと思われる。ところが、人は奇妙な行動を取り始めるのだ。僕とは別グループのプロマネが、我々が関与していたコンベヤ設備群について、構成各部分品の標準化は終えているので、見積り・積算のプログラムをつくるべく、そのDX化の責任者となり、その実務の担当者としては、コンピュータに慣れた課員を据えて、積算プログラムの構築を始めた。
僕であれば、既に、設備群を構成する各コンベヤの設備仕様を入力すれば、自動的に設備仕様を計算し、各構成部分に相当する、装置単価や比例単価(例えば鉄工品の重量単価)等を決めて置けば、それを使って重量・価格が積算ができて、これを元に、輸送費、据付費を積算できる筈だと考えるのが普通で、当時の実情とすれば、人力によってその手順で積算していた。ところが、そのDX責任者は、機長とコンベヤ仕様レベル、を入力するだけで、全てを算出する夢のようなプログラムを作るようにと担当者に指示した。その手順は、彼が担当した何件かのプロジェクトを参考に、総機長とコンベヤ設備レベルと、各プロジェクトの総重量・総価格をグラフで作り、各プロジェクトの係数を決めて、極端に言えば、総重量または総金額=f(設備係数、長さ)なる式を作ることで、DX化を実現しようとしたのだ。
当時、新居浜の設計課でもDX化・コストダウン化で、設備重量は能力の対数比で比例するとの考え方が海外から流入して、これを使った重量・コストダウンが実施されていたので、それを応用してのDX化であったようだ。
僕の考えでは、設計手順や積算基準が確立しているなら、そのDX化は、それらの手順や基準を使って機器仕様や重量を算出するプログラムを作り、これを元に、積算・設計図作成・製作管理・工程管理・据付費積算・工程管理などのプログラムを作ればDX化は完成すると、それは誰でも考えることだと思うのだが、従来の各工程基準を完全に無視してのDX化がそもそも出来るのか、と僕は不思議に思った。
結局、新居浜のその考え方で作ったヤード機械は、運転中に座屈して潰れてしまい、僕の課のDX化プログラムは、実際に使う前に、どうにもこうにも使えないシステムとなってしまった。それにしても不思議なのは、新居浜のその潰れたヤード機械は、最終的に強度計算もせずに設計されたことになるのが、そんなことが許されたのだろうか。
他方、僕は、東京に移動前に、土曜・日曜無給出勤を続けて、見積り・設計・積算プログラムを作り上げて、東京に移動後は、これを使って見積りしていたが、その当時の東京部門の部長が独自に、コンベヤ設備群の積算プログラムを作り始めた。が、やはり実務を無視した積算プログラムで、設備仕様を元にした設備係数を使ってのプログラムを、それも設計経験の無い事務屋さんを担当者として作り始めて、結局は誰も使うことの無いDX化となってしまった。その部長は、僕のプログラムの存在を知っているのに、なぜ、僕のプログラムを参考にしないのかと不思議でならなかった。
今から考えると、彼等は、"DX化とは、既存の設計基準や積算基準には拘らないもの"との先入観や思想に犯されていたのだろう、それ故に、技術や手順に手馴れた僕の遣り方は採用できない思ったのだろうと想像される。更に彼等は、管理職は自分で仕事はしないで部下に指示すべきだとの社内教育に従ったことで、ほぼ実務を知ることなく管理職となったことがこの結果を招いた一因とも考えられる。

僕のプログラムでも強度計算に関係ないもの、例えば、歩道重量や階段重量は、過去の実績例や計算手順を元に、推定値を出す式を作ったり、若しくは、架台等は見積り時に詳細設計は無理だから推定値を算出する類推式を導入したが、基本となるコンベヤ自体の動力計算や張力計算や、そこから導き出される構成主要要素については推定値ではなく確定値を採用した。つまり、ほぼ見積り仕様は、そのまま、実行予算、更には実施設計に使えるレベルとした。そうなれば、見積り数値はそのまま実施設計に使えることになる。
AI方式となっても、これらの手順は変わらないだろう。いくら、変数を増やしても、きちんと計算できるものはAIであろうと、それを踏襲するはずだ。
推定値の効果について僕はこれを否定はしない。例えば、僕の教わった石谷清幹先生のボイラー要論では、その導入部で、日本の所要動力の変化から未来予測を行っているが、そこで1990年ごろに何らかの経済的破綻が日本を襲うと予測しているが、それは40年後に現実となった。それだけではなくて、変数が余りに多いものについてもデータが大量に得られれば、推定方式を使うことがAIでは採用されている。しかし、それらは、きちんと計算できることに応用されるべきものではないだろうと思う。

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