2020年2月6日木曜日

住友重機械工業 田村純子さん と 日納義郎さん

コロナウイルス騒動で忘れ去られたが、この人のことは1項目を与えるべきだろう。
いや一人だけでは無くて、日納義郎のことも記すべきだろう。
ところで、田村純子のことだが、彼女自体よりもその周囲の連中の馬鹿さ加減に注目が与えられるべきだ。恐らく、10億を超える金を、ただひとりの女社員、それも、日々をこなすはずの事務職員に横領されるって、どんな会社なのだろうか。周囲の社員は完全に馬鹿にされてるってことだろう。それとも、周囲の社員もおこぼれに預かっていたので黙っていたのだろうか。

実は、僕はその住友重機械で働いていて、おおよそ20年前、田村純子が組合専従となった時期に首を切られた。僕は就職してからずっとプロジェクトを担当して、どのプロジェクトも黒字を達成した。それどころか、多大な利益を上げ続けた。首になった時でさえ、自衛隊の弾薬保管倉庫、印刷局の紙保管倉庫や、日本ハムの冷凍倉庫、それに横須賀市の資源ごみ処理場自動倉庫とか、そのそれぞれが、世界で最初の設備であるとか、自動倉庫部でも初めて納める設備であるとかで、しかも、自動倉庫部に転籍されてからも利益を上げ続けていた。それにも拘わらず55歳になったからと肩を叩かれて、それどころか、自己都合退社として退職金の優遇制度も無いままに首を切られたのだ。
ちょうどそのころから、田村純子さんは同じ会社の、組合専従なんぞと利益を上げることも無い職場に行き、横領を続け始めたわけで、10億なんて莫大な金を使いまくっていて、しかも、そのことを誰一人として咎めることなく、僕が引退してからも働き続けたと言うか、浪費しまくっていたわけだ。
当時、多くの社員が首切りでは僕と同様の扱いを受けたのだが、その結果として浮いた金の多くを田村純子さんが使いまくっていたわけだ。ある意味で痛快でもあるが・・・・。
現在、本件の状況を見ると、ほぼ誰一人として責任を取ることもなく全ては終えて、彼女は、数年を服役するか、それとも、服役をすることもなく、いずれにしても、年金をもらいながら残りの人生を過ごすことになるのだろう。
そんなわけで、田村純子にも腹が立つが、それ以上に、僕が働いた利益を無駄使いした住友重機械には余計に腹が立つのだ。
特に、当時無差別に首切りを始めた、社長の日納義郎って野郎には本当に腹が立つのだ。しかも、こいつが僕と同じ大学の造船科出身で、恐らく、浦和造船所に入社して、住友重機械の一部門の、結局は破たんした製缶鉄工所の製造課を経て、そこでは、ろくに成果もあげることもなかったが、住友重機械の引きで出世して、ついには社長になり、首切りに邁進した野郎であることを追記しておく。腹が立って当然と思うのだがいかがでしょうか。
ところで、僕の肩を叩いたのが、その直前に、運搬機営業から物流システムにぽっと移り、物流システムの事を何も知らない筒井ってセンター長で、これが昼食に行こうとする僕を引き留めて、「やめてもらいたい」と言ったのだ。そもそも僕がいかなる仕事をやっているか、いかなる成果を上げているかも知らず、それを調べもしないで、更にはかような重要な事柄は、普通は会議室できちんと話すとかじゃないのだろうか。
昼飯途上の、しかも何の優遇条件も無しでの退職勧告である。更には、こいつは僕と同じ高校の先輩である。
かような事情で、僕の高校にも大学にも、ろくな同輩・先輩は居ないと思ったものである。
それゆえに、高校・大学の同窓会には出席しないことにしている。勿論、住友重機械のOB会にも出席の気持ちはさらさらない。
ところで、当時僕が入札準備をしていた仕事は、担当の僕が居なくなって、逸注してしまった。ざまぁ見ろである。他方僕は、環境事業部の外注として働き、10億から20億の仕事を次々と受注したのだ。その最中に、僕の首を切った筒井が僕が受注した施設の下請けをしたいと訪れた。外注を務める僕にはそんなことを決める権限もなく、話だけは聞いたが、その後なんとか環境施設事業部から受注したようだ。
それはともかく、かように頑張って受注し続けたのだが、そんな利益の多くも、田村純子さんの餌食になったわけだ。10億って利益を上げるって、それほど重い金額なのだが、何のために頑張って働き続けたのだろうか。利益を上げようが上げまいが、僕の扱いには何の変りもなかったってことだ。

でもまぁ、安倍の桜の会とか、それ以前の森加計問題にしても、安倍におもんねる官僚たちの情けない姿を考えれば、かような問題はたいしたことではないのかもしれない。

それと、日納義郎さんについて更に一言いうと、彼は先述の様に、製缶・鉄工工場に配属されたが、結局は、その工場の再建は果たさず潰してしまったのだが、むしろ当時の社長が,TQCにのめりこみ、日納は、そのTQCに熱中することで認められた。住友重機械は、かなり昔から、TQCのごとき管理手法にのめり込む傾向があり、日納義郎はTQCの失敗にも拘わらず、シックスシグマなる新手法にのめり込んだ。ところが、管理手法では会社を立て直すことはできず、結局は、首切りで生き延びたのだ。管理手法に熱中する経営者とは、自分で経営手腕を発揮できない経営者の逃げ道で、能力の無い社長が生まれるたびに、次々と新しい手法にのめり込むが、結局は何の成果を上げることが出来ないのだ。要するに、無能な経営者がのめり込むのが、管理手法ってことなのだ。住友重機械は何度も何度も新しい管理手法が導入されるのだが、どれも全く成果はなく、その最たる会社と言えるだろう。
恐らく、管理手法と言うものは、その適応範囲は極めて狭いもので、発想力のある人であれば、むしろ、自由に発想を延ばす方が意味があるもので、発想力の無い人は、かような方法に縋りつくようだ。

考え方を変えると、少なくとも住友重機械に関しては、シックスシグマも含めて、歴代に採用されてきた管理手法のことごとくは、ほぼ時間と金の無駄使いであったと断言できるだろう。で、社員としてはこれをどう利用すべきだが、日納義郎の利用の仕方が参考になるだろう。会社全体が時間と金を無駄使いしようがしまいが、社員個人個人にはどうでも良いことで、それを自分の出世にどう利用するかが重要なのだ。一生懸命にやっていると思わせて、人脈を作ることこそが重要なのだ。
管理手法の各部門責任者も、これを一生懸命にやっても認められるとは限らない。むしろ、管理手法を真面目にやっていると思わせながら、直接上司よりも更に上の管理職に、出来る奴と思わせることが重要なのだ。どうせ、管理手法が成功することは無く、またも忘れ去られてテーマは新しいことに移って行く。それを前提に、いかに出世に利用するか、だけのことである。
管理手法を真剣に遣ると本来の仕事ができない、等と考えてはならない。管理手法を自分で遣らずに他の人間を確保すればよいだけのことなのだ。それが成功する可能性は少ないのだから、その成否に拘ってはならない。やっていると見せて、人脈つくりに励む。それが、出来る人間ってことなのだ。

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