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2023年2月11日土曜日

オリンピック運営組織次長の森泰夫さんの夢見はどうだろうか。

 こういう人って、夢見は良いのかな?きっと酒池肉林の夢なんだろう。
羨ましい。こんなひどい人でも執行猶予程度で、損害返済不要なんだろうか?
委員会への返却要求もないのだろうか。 

それに考えるのだが、この次長の上司の部長や、その上は、何を考えて森に任せていたのだろうか。通常、一億以上だと余程のことがなければ随契契約は許されない。それが、400億を分割するにしても、かような膨大な金額の案件を随契でやれば捕まることは目に見えている。上司達は、完全に見えない振りをしていたに違いない。承認印はめくら判だったと弁解しているのだろう。森はやりたい放題の確信犯で、精神的には異常者と思われる。
僕がやっていた官庁仕事では、1億の仕事でも、あたかも数社の競合であるかのような舞台つくりをして漸く受注したものだ。大体において、1億以上の官庁案件は談合と考える方が良いのだが、これだけ大っぴらに談合するとはあきれたものだ。競争相手を全て下請けに回していたから、受注金額が予算の倍になるなんて当たり前だろう。
この有様だと、オリンピック全体が汚職、談合で仕上げられたとするのが妥当だろう。

「全く英語が話せない森さんのせいでマラソンが…」オリパラ談合を主導した森泰夫容疑者(55)の評判は“コミュ障なパワハラ上司”《ついに逮捕》

配信

文春オンライン

否定していた「談合の意図」を一転して認める

「俺は森喜朗の親戚だぞ!」

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2023年2月10日金曜日

夢見が悪い

 また夢見が悪くなった。

美しい原色の海岸線に沿って単線の線路があり、その一つの駅に列車はとまっていて、窓から外を見ている。そこでは、大きな、とても大きな白い板か紙がぶらさがっていて、そこに梯子が掛けてあり、女性の助教師が、大きな字で膨大な問題を書いている。僕もノートに写し書いているのだが、とても長い問題で書ききれないのだが、隣に居る助手のような二枚目の男は、ノートに簡単に写すというか、ついでに問題も解いている。僕は問題をノートに写すのに精いっぱいで、う~ん、う~んとうなっている。「おとうさん!おとうさん!」と女房の声を聴いて目が覚めた。5時30分頃であった。また寝ると、今度は、先の線路の終点の駅で、岬の先端に駅の建物が何階にも高く続いている。ここからの船の時間を調べていると、先の助成教師が来て時間を尋ねるので、夕方に1船だけですね、と答えて目が覚めた。

前にも書いたが、よく見る夢は、大学の授業で、次の講座の科目が判らないとか、講義場所も判らないとか、教材が無くてでうろうろするとか、大学院の実験場所が判らないとかで、うろうろするとか、勤める会社の高層建物で自分の課が何階にあるのか分からないとか、勤め先に行く通勤路線が判らないとかだ。とても田舎の路線をうろうろしているのはつらい。
なぜ、かような夢ばかりみるのかと嫌になる。考えるに、人生を真面目に過ごさなかったからだと思う。いつも、適当にやっていると何とかなる人生だった。
誰にも何かを教えられることなく過ごせて来たから、何事にも必死になることはなかった。
特に大学に入ってからは、実に適当な人生だったと思う。そのため、かような夢ばかりを見るのだと思う。つまり、自分の日々を適当に過ごしたから、人生の道も、学びも、確たるものなく過ごしたからだろうと思う。
それでも、嫌な夢を見るのは悲しい。
でも少なくとも人を欺くなどの悪事はしていないから、さような夢を見ることは無いことを喜ぶべきだろう。
それに、僕は怠け者と言うよりは、仕事が嫌いと言うべきだろう。嫌々仕事をしていたに過ぎない。ただ、嫌々ながらも任された仕事に関しては、運がとても良かったせいもあり、客先にも好かれたことから、誰にも負けないほどの成果を上げたに過ぎない。つまりは精神的には怠け者だと言える。

ただ、僕が怠け者であることが、友人たちに悪い影響を与えたのでは無いかと、それだけが心配だ。例えば、親しかった野田剛君とは大学それに大学院時代に良く一緒に野を歩き山に登ったが、その後、就職後は全く同行することは無く、同窓会で会った時に、「志水と良く一緒に歩いたが、歩くだけでなく、鳥や植物を観察するとかの別の楽しみ方があったなぁ」と言われて悪いことをしたのかな、と気になった。だが今になって考えると、山歩きは野田が先に提案したことで、彼の言葉は何も僕を責めてのことではなかっただろうと思う。でも、僕が怠け者でなければ、さようなことに気づいたかも知れず、人生をより充実できた可能性も高いのだ。そのような事が、山歩き以外にもっとあった筈だと後悔するわけだ。しかし、人生の無駄な過ごし方と言えば、それは、今の時点でも同じことだと思うわけだ。

ところで、僕のパソコンー携帯テザリング生活だが、慣れてしまうと簡単だ。無駄にデータを使わないようにと、amazonのstudent primeのビデオを見なくなって健康的だ。2台の楽天で、ともに3G/月でできそうだ。すべては慣れですな。

2023年1月7日土曜日

壮大な夢を見た。

 いつもは7時前に起きて女房と僕の布団を押し入れに収め、重要物入れのバッグそれにヨダレ拭きのタオルを持ち階下に降りて、荷物をリビングのソファに置き、和室とリビングの雨戸を開ける。それから、顔を洗い、玄関を出て朝刊を取りリ、ビング横の食室に行き女房の用意した食事を一緒に食べる。
今日は目覚めて枕もとの時計を確かめると6時20分なのでもう一眠りと布団に潜り込んだら夢を見た。僕が環境施設部の外注さんで、それも退職間際で、不安な環境下で、机の所で居眠りを、それもかなり長い時間していたと気づき、こそこそと部屋の隅のキャビネット列の向こう側に行き、僕が使うキャビネットの所で書類の整理を始めた。午後は仕事を頑張らねばと思うのだが、キャビネットの列の少し離れたところの引き出しが開いていて、僕の重要な資料が入っているので、それを調べ始めると、突然濁流の河をカメラを持って流されていた。写真を取りながら、かなり流されて岸に上がり、早く帰って仕事だと歩いて行くが、道が峠に差し掛かり十字路となっていて真っすぐが事務所への道だが、左への横道が崖の下をずっと続いていて、その崖の下の光景が素晴らしく、手に持ったカメラで景色を取ろうとその道に入ってゆくと、眼下の僕が流れ着いた方向には、遠くには急峻な青い山脈が続き、その手前に僕が流された巨大な川が遠くに続いていて、青と緑で絵のようにとても素晴らしい景観だ。崖下には古い東南アジア風の街路が崖に沿って続き人や車が行き交い、一人のおっさんが屋根に登り僕を見上げている。崖下の道を進むと、一団の人々が登ってきて、どうやら、僕の進んだ崖下の道は観光スポットであると気づいた。元に戻ろうと帰り始めると、反対に来る人々も居て、一人の腰の曲がった婆さんが風景を眺めていて、僕があれこれと説明してあげた。元の十字路に戻ると、そこもまた巨大な十字路を眼下に見る高い場所で、十字路のずっと下にはメタリックの銀色の高い塔があり、その塔は僕の居る位置よりも遥かに高く大空の上へと伸びていて、その先端に大きな亀の頭のような球形の先端がついていて、カメラで写そうにも視角に入らないほど高い。十字路の右下の向こう、インドの街並みが続き、その間の道から巨大な二階建てバスが進んでくる。カメラで撮ろうとしたが、やはりカメラの視角に入らないほど高いのだ。そこで、何となく夢だと気づいたが、余りに写実的でカラフルな夢に、思わず声を挙げて笑ってしまった。時計を見ると7時5分であった。それからはいつもの生活を続けた。が、新聞を取り忘れていた。