設計に所属しているのに、現地の据付指導員に、それも、バングラデッシュなんて国の、しかも、自分がプロジェクトリーダーでも担当技術者でもない案件の、更には、設計部に所属する僕を据付指導の責任者として、肥料ハンドリング設備の建設に送り込むって話は、既に記載した。僕自身が、相手会社がどう理解するのかと不思議で仕方なかった。
僕が逆の立場、つまり、据付指導者を受け入れる立場なら、そんな技術者を送り込もうとされれば、据付技術者を送ってくれと拒絶するであろう。
また、輸出営業部長が、元々予定されていた責任者を、他の設備の責任者に取られたことを怒って、代理の僕を目の敵にしたってことも記載した。
更には、僕の指導する案件が巧く運んで、その営業部長が現地を訪問した時に、たまたま、他社が現地でパーティを開くのを見て、手のひら返しで、僕に愛想よく、君もパーテイ主催しろよ、と言ったことも書いた。が、そもそもパーティを開いていた他社は、設備を納入するとか、設備を据え付けするとか、大きな金額を受注した会社であって、僕の様に、指導員の日銭を管理するレベルと言うか、立場ではパーテイなんぞ開ける予算が有るはずない、と不思議なことを言いだしたなぁと思ったことなどを記載した。
更に、突然思い出したのだが、
元々、その設備を設計したグループは、松木伝のグループで、担当は、森本、長谷川って部員であった。僕が無事に据付を終えて、日本に戻ってきたのだが、長谷川君が、恨めしそうに言ったのだ。
{志水さん、僕は応援に行く予定で、荷物も準備していたんですよ」
それを聞いて、あれっ、僕が彼を応援で呼ぶべきだったのかな、と戸惑った。
しかし、直ぐに、それは出来ない筈だと気づいた。
先ず、設計的な問題があったとしても設計者である僕が現地指導の長で居る以上は、応援を頼めば、それは、僕の設計者としての能力が劣っている、と公言することに等しい、ってことで、それを他者から批判されることになる。
更に、その設備の据付指導では、我々据付指導者費用(人件費、宿泊費)は、客先が支払っていて、僕の要請で応援者が現地に来るとすれば、その旅費、人件費は、客先の支払い範囲ではなく、僕が管理する”現地指導員費用”で賄うことになる。そんなことが出来ない以上は、長谷川君の応援判断は、元々のプロジェクト側で判断すべき事柄になる。
なぜ、長谷川君にはそれが判らないのだろうと不思議に思った。
実際、僕が帰国する前に、松木伝は、彼らの管理する本体費予算内で、現地を訪れているのだ。彼つまり松木伝が現地に来ようが来まいが、それは、彼の管理するプロジェクト費用で賄われるのだから、僕には関わりがない。
それに、そもそも、わが社納入品の梱包内容混乱がトラブルの大元で 、その原因は、現地での僕の部下である仕上師が原因なので、日本には文句も言えず、加えて、試運転時に、Aライン起動のスイッチを押すとBラインが起動して、Bラインを起動すればAラインが動くなんて根本的な問題でもドタバタしたが、長谷川君が来たとしても何も出来なかっただろうとも思った。
今になって思うが、AラインBライン問題は、帰国後、その原因を追求すべきであったろう。
当時の制御盤はリレースイッチが主体のため、制御盤内の配線を全て入れ替えることが必要であった。試運転時に追加要員として参加した電気検査員のおかげで処理できたが、最初から参加していた頼りにならない電気検査員は一体なぜ長い据付指導期間内に、この問題を見つけられなかったのだろう。それに、制御盤の納入テストでは仮配線でテストするのが必須で、そこには我が社の電気検査員が立ち会っている筈で、そんな不良品がテストを通過する筈が無いのだ。そもそも、設計時点でなぜかような配線図が審査をつうかしたのだろう。種々の関門をかような欠陥品が通過する筈がないのだ。
などと、いろんな点で、住友重機械って、この辺りが不思議な会社なのだ。
据付終わって帰国したが、試運転まで1年程度かかった。他の設備の据え付けが長引いたのだ。さて試運転となったが、試運転要員の要請を新居浜機械(仕上)課に頼んだら、「据付時の仕上師はトルコの案件に引き抜かれた。経験のために若いのを選んだ」とのことで、その課長は、僕の所には未経験な連中を送り込むのが好きらしい。トルコの案件は松木・森本ラインで受注して、信頼できると思っている僕の時の仕上師を、誰の意図かは知らないが、引き抜いたわけだ。
僕は、内心ほっとした。彼の代わりなら誰でも使い切れる、とほっとしたのだ。新居浜の殆どの職人は実に頑張り屋が多いので、その信用ならない仕上師以外なら使い切る自信はあったのだ。結局、バングラデッシュの案件のトラブルの原因は、殆どが彼なのだが、それを知っているのは僕だけで、彼はいかに自分がバングラデッシュで活躍したかと吹聴したのだろう。逆に、僕が無能であるとも言いふらしている筈だと思った。
ってことで、その新人も有効に働いてもらい、僕は無事に任務を達成して、帰国したのだが、その後、聞くところでは、トルコ案件は大赤字になったらしい。バングラデッシュに比べて大きな設備であっただけに、梱包の混乱や部品の確認、それに、品質の確認が十分なされなければ、当然、大問題が生じると思っていたが、結局は大赤字になったことだろう。
据付、特に、海外での据付では、物品の管理が成功の鍵を握る。
僕の行ったバングラデッシュは、日本で梱包管理を任された、その信頼できない仕上師が、全く管理せず放りっぱなしにしていたせいで、梱包は、もう、無茶苦茶であった。彼もまた僕と同様に、その修正に苦労した筈だと考えたが、彼は全く意に介してなかったのだ。それはつまり、僕とは違って、その設備の完成に全く責任を感じてなかったからだろう。だから、彼は何度も同じ失敗をして、それでも特に責任を感じないのだ。