2026年3月7日土曜日

夜間頻尿である。日本茶が劇的に良い影響があり、コーヒーは劇的に悪影響が大きい。

 夜中に、かなり症状が悪かったのが、たまたま女房の好む麦茶をやめて、勿体ないので余っていた緑茶を飲んだところ、症状が回復して夜中の頻尿時の排尿が正常になり、その結果として、起きる回数も減った。麦茶を緑茶に替えるだけで、更に、頻尿困難を引き起こしたコーヒーとしても、飲み物を変えるだけで、これほど結果が違うかと驚いた。

緑茶を飲み続けると更に好調である。お茶袋は捨ててしまったので銘柄は判らない。
確か、知覧茶であったと思う。九州旅行に行った時に買ったのだとすると、相当古い。

日本茶やコーヒーの影響が大きいことさえ、恐らく、加齢したことでの現象と思える。歳と共に、体は変な風に敏感になるわけだ。

ところで、緑茶のカフェインが、コーヒーと同様に膀胱炎には望ましくないと言うのが
一般的なのだが?
それと紅茶は、カフェインはコーヒーの半分程度で、カテキンは日本茶の半分と言うから、余り影響はないかもしれない。

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上記以前の、重度頻尿についての考察

google AI  に以下の様に聞いてみた。回答は極めて優等生的だが。余り意味が無さそうだ。
先ずは、心臓の冠心筋動脈の側副血行路問題を先に処理する。

「夜中に3度ほどの夜間頻尿であったが、最近、薄いコーヒーを頻度高く飲んだ夜から、下記
症状が出てきた。
僕の場合、最初の目覚めでは、尿は出ますが、その後の頻度多い目覚めでは、尿は奇妙な排尿欲求と痛みを伴う性的快感は有り、尿が出ません。
ただ、昼間は睡眠不足感は無いのですが、前向き姿勢が衰えたようです。」

これをAIに聞いてみました。回答は下記です。

以下はAIの回答です。

お悩みの症状(夜間の頻繁な目覚め、排尿欲求、痛みを伴う性的快感、意欲の低下)について、考えられる可能性を整理しました。
特に「痛みを伴う性的快感」や「尿が出ない排尿欲求」は、身体的な疾患や自律神経の問題が隠れている可能性があるため、早めに泌尿器科を受診されることを強くお勧めします。1. 身体的な可能性(泌尿器科・神経内科的視点)
前立腺疾患(前立腺肥大症や前立腺炎):
夜間頻尿や排尿困難、会陰部(股の間)の不快感や痛みを生じることがあります。
  • 持続性性喚起症候群 (PGAD):
    性的刺激がないにもかかわらず、性的な興奮やムズムズ感、痛みが続く症状です。排尿欲求と混同されることがあります。
  • 骨盤底筋や神経の過敏:
    骨盤周りの神経が圧迫されたり過敏になったりすることで、奇妙な感覚や痛みが生じる場合があります。
2. 睡眠とメンタルの影響(心療内科的視点)
  • 中途覚醒による睡眠の質の低下:
    「睡眠不足感はない」とのことですが、何度も目が覚めることで深い睡眠が取れず、脳が十分に休息できていない可能性があります。
  • 前向き姿勢の減退(意欲低下):
    睡眠の質の低下や、慢性的な不快感(痛みや奇妙な感覚)は、脳のドーパミン系に影響を与え、意欲や活動性を削ぐ原因となります。
3. 今後のアクション
    1. 以上迄書いて、性的快感と痛みgoog_1838509035
  1. 泌尿器科を受診する: まずは「尿が出ない」「痛みがある」という身体的側面を専門医に診てもらってください。
    症状日記をつける:
    何時に目が覚めたか
    その時の感覚(尿意、痛み、快感の程度)
    実際に尿が出たかどうか
    これらを記録して医師に見せると、診断がスムーズになります。ご自身で抱え込まず、まずは専門家へ相談してください。

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    ここまで書いて、性的快感と痛感に関係があるのではないかと、AIに質問した。回答は下記です。回答を見てなるほどなあと思った。

    主な共通点は以下の通りです。
    1. 脳の同じ領域で処理される
    快感と痛みは、脳の報酬系(快楽を感じる部分)と痛みを処理する領域が重なっています。
    • 同じ領域: 扁桃体、島、側坐核などの脳領域は、快楽と痛みの両方の処理に関与しています。
    • 脳の勘違い: 脳は「強い刺激」を検知したとき、それが身体的な痛みであっても、性的興奮や愛情が関与する文脈では「快感」として解釈することがあります。
    2. 神経化学物質の共通性(エンドルフィンとドーパミン)
    快感と痛みは、どちらも脳内の化学物質によって調節されています。
    • エンドルフィン: 痛みを感じると、身体は自然の鎮痛剤であるエンドルフィンを放出します。この物質は同時に、心地よさやハイな状態(高揚感)をもたらします。
    • ドーパミン: 快楽や報酬を予期するときに放出されるドーパミンは、痛みや強い刺激を受けたときにも放出され、注意を向ける役割を果たします。
    3. 「文脈」によって痛みが快感に変換される(SMの脳科学)
    身体的な痛みは通常不快ですが、性的、あるいは信頼に基づく文脈(SMなど)では、その痛みが快感に変換されることがあります。
    • 文脈の力: エロティックな文脈(SM的文脈)では、痛みに対する脳の反応が変わり、痛みに対する「不快感」が減少します。
    • 信頼と暴力: 痛み(暴力)が、パートナーとの間の信頼関係や安心感を高める「逆説的な技術」として機能することがあります。
    4. 身体の防御と快楽のメカニズム
    • 生き延びるための信号: 痛みは身体を危険から守る(逃避・防御)、快感は生存に必要な行為(繁殖・食事)を促すための報酬という役割を持っており、どちらも生き延びるための重要な信号です。
    • 痛み止めとしての快感: クリトリスへの刺激など、特定の性行為は強力な性的快感とともに、痛みを感じにくくする鎮痛効果があることが指摘されています。
    まとめ
    性的快感と痛みは、脳内で非常に近いネットワークを使って処理されており、文脈によって入れ替わったり、互いに作用し合ったりする(痛みが快感に、または快感が痛みを和らげる)深い関係性を持っています。

高市ホイホイ

 現在、為替掲示板で、高市ホイホイ との言葉が良く使われる。
高市首相が、「現状のドル円が高いことが、良いことか悪いことか私には判りません。例えば、外為特会では、過去に政府が買った米国国債の金利がドル高で値上がりして、日本としてはドル高ホイホイです」と公言したことを揶揄する投稿です。
高市首相の言いたいことは、裏には、円高時代に安倍首相が主導した政府投資のドル高誘導政策を踏襲したいとの意欲を示していて、その政策効果結果として、外為特会での膨大な利益が円価では上っていると言いたいのです。その利益とは、円高介入で、外為特会で米国国債を購入したのだが、同国債のドル金利分を、円に換算すると、かっての1.5倍にもなる、と言いたいわけです。
なお、米国国債そのものは、売却できないのです。それは、日本の保有する大量の米国国債を売ると、米国国債価格の値下がりを起こし結果として米国国債価格が下がる、つまり、米国国債金利が上がると、米国が怒るからです。従って、ドル高による米国債金利を政策に使えるのですが、それだけでも、ドル高になったことで潤沢な予算になると、高市首相は主張しているわけです。
ところで、保有する米国国債を売ると米国が怒る理由を詳しく説明すると、米国国債価格が値下がりすると、米国の政策原資が減ると同時に、米国債金利上昇に伴うドル高を引き起こすのですが、共に、米国経済を痛めるからです。
上記の事情があるのですが、ドル高による米国債金利が増えるので政策に使える金額が増えると、高市首相が言うことは、通常の経済学者から見ても、異常な解釈です。
円安が引き起こす、輸入品物価上昇は、外為特会から得られる利益とは比較にならないほど高額で、日本経済には厳しい負担となっています。つまり、国民は物価高による莫大な負担を強いられて、政府は、金額的には、それには比較にならない程だが利益を得ている、との構図になります。つまり、国民の負担する円安による負担のほんの一部を、政府が外為特会である利息の利益と言う形で得ているとの構図です。
高市首相はあほですが、そんあ首相を支持する日本国民の70%もあほそのものです。


結局、高市首相は、こう言った、円高の影響を一方的にだけ眺めて、ホイホイと喜んでいるとの構図で、これを、為替を扱う人々は揶揄しているわけです。

そんな経済感覚で、彼女が言い続ける「責任ある経済投資」って、本当に実現可能ですか?
更に、実現できず大赤字になったら誰がどう責任をとるのでしょうか?

こんなずさんな人に、何故70%もの国民が支持投票をするのか僕には不可思議です。


2026年2月27日金曜日

宿泊予約者へのゲストハウスの説明

 1週間以上の宿泊者を対象としたので、宿泊者への説明書を作成した。今後改良変更するとして下記とした。

● 到着されるまでは日にちが有りますが、私のゲストハウスの紹介をします。
私のゲストハウスの住所は、下記です。google mapdedeで検索できます。street view で、外観も見られます。
写真のように、一戸建て日本式住宅で、日本人家族がごく普通に居住できる建物です。給水、給電、ガス供給がされていて、フル装備の台所には冷蔵庫・電子レンジ・小型のトースター,ほっとプレートを装備し、洗濯機装備の洗面所があり、風呂の部屋にはシャワー及びバスタブを有します。別室にトイレ設備があります。台所には給湯器、冷蔵庫、を装備します。
2階にゲスト用の寝室と洗濯物を干せるベランダを有します。

寝室には、日本式の寝具が2式置いています。日本式寝具は、日本語で”ふとん”と称されて、折りたたんで納戸に納めることができるし、部屋の隅に置くことも出来ます。
2階には、別の部屋があり、貴方たちの荷物を保管できます。ただ2階への階段は、急なのでご注意ください。

私は、貴方の滞在期間の、初めと終わりに、それぞれ2~3日だけ滞在しますが、その間は、貴方たちだけが居住します。

鍵は初日に手渡します。また、家の設備の取扱い方法の説明については、最初の2日間で行います。

最寄駅は、京阪電鉄のHIRAKATAーKOEN(KOENとはpark)駅(KH20)です。駅から家までは、徒歩で10~15分掛ります。
徒歩8分のところにバス乗り場があり、JRのTAKATSIKI駅  及びHANKYUU電鉄のTAKATSUKI CITY 駅までバスで30分で行けます。

徒歩、1分の所に、郵便局、大きな食材、総菜、冷凍品のスーパー及び日常品ショップがあります。また、徒歩5分の所に、比較的小さなスーパーがあり、そこでは、夕方には総菜の値引きがあり、月曜日は全品10%の値引きです。また徒歩5分の所にアカカベ(赤い壁)と称される格安スーパーもあります。
上記のため、日常の必要品は全て近くで購入できます。

GOOGLEで英訳すると、下記です。
● Although it will be some time before you arrive, I will introduce my guesthouse.

The address of my guesthouse is below.
Ikaga-nishimachi 83-23 hirakata city Osaka Japan
You can search for it on Google Map. You can also see the exterior on Street View.

As you can see in the photo, it is a detached Japanese-style house, perfect for a typical Japanese family to live in. It has water, electricity, and gas supplies, a fully equipped kitchen with a water heater,  refrigerator、microwave oven, a small toaster and a hot -plate, a bathroom with a washing machine, and with shower、 bathtub.
There is a separate toilet  room also.

There is a guest bedroom on the second floor, as well as a veranda where you can hang out laundry.

The bedroom has two sets of Japanese-style bedding. Japanese-style bedding is called "futon" in Japanese, and can be folded and stored in the storeroom or in the corner of the room.

There is another room on the second floor where you can store your luggage.
However, please be aware that the stairs to the second floor is steep.

I will stay with you for 2-3 days at the beginning and end of your stay, and you will be the only residents during  the rest days.

You will be given the key on the first day. We will also teach you how to use the house's facilities during the first two days.

The nearest station is Hirakata-Koen (Koen means park) Station (KH20) on the Keihan Electric Railway. It is a 10-15 minute walk from the station to the house.
There is a bus stop an 8-minute walk away from my guest-house, and JR Takatsuki Station and Hankyu Electric Railway Takatsuki City Station are a 30-minute bus ride away.

A post office, a large supermarket selling groceries, prepared foods, and frozen goods, and a general store are located a 1-minute walk away. There is also a relatively small supermarket a 5-minute walk away, where prepared foods are discounted in the evenings and all items are 10% off on Mondays. Alsodiscou a discount shop named AKAKABE  is 5 minutes walking from my house.

As a result, you can purchase everyday necessities nearby.
We hope you enjoy Japan and staying in my guest-house



2026年2月23日月曜日

命がけの散歩

今年になって、本人は元気な積もりなのに、血液検査・側副血行路とか体の不調が続いている。恐らく去年の夏ごろから、主として暑さで、ごろごろと運動を全くしなかった報いだと思う。欠陥が見つかってから、朝の散歩を始めることにした。急激に運動始めたことで、左鼠経ヘルニアを発症し、ヘルニア帯でおさえているが、これは仕方がないだろう。
当初は、6時から1時間を高速散歩していた。印旛沼の北側、新川まで往復している。昔なら1時間の速足散歩と言えば、ほぼ、4km以上だが、この歳になると4kmに満たないかもしれない。命がけの散歩だ。散歩の前の血圧は、130~140と比較的高いが、散歩後は130未満が維持される。命がけだから死ぬまで続けねばならない。帰宅後測定すると、118/71 だ。これで、1日中135/85(済生会の先生の危険指定値)未満は、ほぼ維持されると思う。風呂に入れば下がるから問題ない。しかし、夜間が判らない。早朝血圧は高いが、もう気にしないことにした。

話は変わるが、散歩の途中の新川は、田沼意次が干拓を企画した印旛沼からの河で、この川自体が彼の掘削した川なのだ。印旛沼に流入する川は印旛沼の北東部に流入する神崎川で、この河は房総半島の中央部から、実に広い流域からの水を集めて印旛沼に流れ込んでいる。しかし、印旛沼から流出する河が存在しないので、印旛沼周辺はかっては広い範囲で沼地であったわけだ。田沼意知が活動したのは1750年頃で、結局彼の干拓と言うか、彼に命じられた諸藩の努力は失敗に帰した。彼の干拓は、印旛沼の南部から東京湾に流れ込む水路を造ろうとしたのだが、尾根を削れ切れなかったので失敗となったのだが、明治時代に設置されたポンプを使って、印旛沼の水位を低く維持しているわけだ。この状況は、京都の巨椋池での出来事と同じように思える。
それはともかく、人生の最後を、こんな歴史的な場所に住むとは思わなかった。

余談になるが、房総半島に椿湖と称された大きな湖があって、これは、やはり江戸時代に、99里浜への水路を設けて排水して、巨大な田園ができたが、こっちの方は見事に成功している。ただ、流れ出す水量が大きすぎて、村が一個流失したらしい。

結局僕は、死ぬまで散歩を続けねばならない。
真冬の早朝では寒すぎるので、今は、食後8時頃から始めている。
ところで、最近、NHKで放送があったが、過剰な食事をすると、本来はエネルギーとして蓄えられる肝臓内だけではなくて、他の臓器にも蓄えられるらしい。その脂肪が維持されるとその臓器の機能も損傷されるとのことだ。ジョッギングやウオーキングはこの多臓器内の脂肪消費に役立つらしい。更に、高速ウオーキングの他臓器内脂肪の消費率は、高速ウオーキングがジョッキングの2倍らしい。つまり、消費される脂肪の内、多臓器内の脂肪は高速ウオーキングの方が効果的に消費されるらしい。ただし、消費される脂肪の総量は、高速ウオーキングとジョッギングで同じケースを比較しての話だろう。つまり、同じ距離を高速歩行とジョッギングで通過する場合に、必要なエネルギーが同じとした場合の比較だと考えれば良い。
それはともかく、高速ウオーキングする身としては有難い話だ、と、せっせと歩いている。

2026年2月15日日曜日

またまた久しぶりで、住重に勤めていた時のことを思い出した。

 設計に所属しているのに、現地の据付指導員に、それも、バングラデッシュなんて国の、しかも、自分がプロジェクトリーダーでも担当技術者でもない案件の、更には、設計部に所属する僕を据付指導の責任者として、肥料ハンドリング設備の建設に送り込むって話は、既に記載した。僕自身が、相手会社がどう理解するのかと不思議で仕方なかった。
僕が逆の立場、つまり、据付指導者を受け入れる立場なら、そんな技術者を送り込もうとされれば、据付技術者を送ってくれと拒絶するであろう。
また、輸出営業部長が、元々予定されていた責任者を、他の設備の責任者に取られたことを怒って、代理の僕を目の敵にしたってことも記載した。
更には、僕の指導する案件が巧く運んで、その営業部長が現地を訪問した時に、たまたま、他社が現地でパーティを開くのを見て、手のひら返しで、僕に愛想よく、君もパーテイ主催しろよ、と言ったことも書いた。が、そもそもパーティを開いていた他社は、設備を納入するとか、設備を据え付けするとか、大きな金額を受注した会社であって、僕の様に、指導員の日銭を管理するレベルと言うか、立場ではパーテイなんぞ開ける予算が有るはずない、と不思議なことを言いだしたなぁと思ったことなどを記載した。
更に、突然思い出したのだが、
元々、その設備を設計したグループは、松木伝のグループで、担当は、森本、長谷川って部員であった。僕が無事に据付を終えて、日本に戻ってきたのだが、長谷川君が、恨めしそうに言ったのだ。
{志水さん、僕は応援に行く予定で、荷物も準備していたんですよ」
それを聞いて、あれっ、僕が彼を応援で呼ぶべきだったのかな、と戸惑った。
しかし、直ぐに、それは出来ない筈だと気づいた。
先ず、設計的な問題があったとしても設計者である僕が現地指導の長で居る以上は、応援を頼めば、それは、僕の設計者としての能力が劣っている、と公言することに等しい、ってことで、それを他者から批判されることになる。
更に、その設備の据付指導では、我々据付指導者費用(人件費、宿泊費)は、客先が支払っていて、僕の要請で応援者が現地に来るとすれば、その旅費、人件費は、客先の支払い範囲ではなく、僕が管理する”現地指導員費用”で賄うことになる。そんなことが出来ない以上は、長谷川君の応援判断は、元々のプロジェクト側で判断すべき事柄になる。

なぜ、長谷川君にはそれが判らないのだろうと不思議に思った。
実際、僕が帰国する前に、松木伝は、彼らの管理する本体費予算内で、現地を訪れているのだ。彼つまり松木伝が現地に来ようが来まいが、それは、彼の管理するプロジェクト費用で賄われるのだから、僕には関わりがない。

それに、そもそも、わが社納入品の梱包内容混乱がトラブルの大元で 、その原因は、現地での僕の部下である仕上師が、日本国内での梱包管理責任者であったことが原因なので、日本には文句も言えず、加えて、試運転時に、Aライン起動のスイッチを押すとBラインが起動して、Bラインを起動すればAラインが動くなんて根本的な問題でもドタバタしたが、長谷川君が来たとしても何も出来なかっただろうとも思った。
今になって思うが、AラインBライン問題は、帰国後、その原因を追求すべきであったろう。
当時の制御盤はリレースイッチが主体のため、制御盤内の配線を全て入れ替えることが必要であった。試運転時に追加要員として参加した電気検査員のおかげで処理できたが、最初から参加していた頼りにならない電気検査員は一体なぜ長い据付指導期間内に、この問題を見つけられなかったのだろう。それに、制御盤の納入テストでは仮配線でテストするのが必須で、そこには我が社の電気検査員が立ち会っている筈で、そんな不良品がテストを通過する筈が無いのだ。そもそも、設計時点でなぜかような配線図が審査をつうかしたのだろう。種々の関門をかような欠陥品が通過する筈がないのだ。

などと、いろんな点で、住友重機械って、この辺りが不思議な会社なのだ。

据付終わって帰国したが、試運転まで1年程度かかった。他の設備の据え付けが長引いたのだ。さて試運転となったが、試運転要員の要請を新居浜機械(仕上)課に頼んだら、「据付時の仕上師はトルコの案件に引き抜かれた。経験のために若いのを選んだ」とのことで、その課長は、僕の所には未経験な連中を送り込むのが好きらしい。トルコの案件は松木・森本ラインで受注して、信頼できると思っている僕の時の仕上師を、誰の意図かは知らないが、引き抜いたわけだ。
僕は、内心ほっとした。彼の代わりなら誰でも使い切れる、とほっとしたのだ。新居浜の殆どの職人は実に頑張り屋が多いので、その信用ならない仕上師以外なら使い切る自信はあったのだ。結局、バングラデッシュの案件のトラブルの原因は、殆どが彼なのだが、それを知っているのは僕だけで、彼はいかに自分がバングラデッシュで活躍したかと吹聴したのだろう。逆に、僕が無能であるとも言いふらしている筈だと思った。
ってことで、その新人も有効に働いてもらい、僕は無事に任務を達成して、帰国したのだが、その後、聞くところでは、トルコ案件は大赤字になったらしい。バングラデッシュに比べて大きな設備であっただけに、梱包の混乱や部品の確認、それに、品質の確認が十分なされなければ、当然、大問題が生じると思っていたが、結局は大赤字になったことだろう。
据付、特に、海外での据付では、物品の管理が成功の鍵を握る。
僕の行ったバングラデッシュは、日本で梱包管理を任された、その信頼できない仕上師が、全く管理せず放りっぱなしにしていたせいで、梱包は、もう、無茶苦茶であった。彼もまた僕と同様に、その修正に苦労した筈だと考えたが、彼は全く意に介してなかったのだ。それはつまり、僕とは違って、その設備の完成に全く責任を感じてなかったからだろう。だから、彼は何度も同じ失敗をして、それでも特に責任を感じないのだ。

ところで、ここまで書いて気付いたのだが、その信頼できない仕上師やら、経験不足の仕上師は、新居浜の機械(仕上)課から派遣されてきたのだが、そこの前野課長は、どちらかと言うと商売人で、僕には余り付きあいたい人では無かった。そんな事情で、彼もまた、僕を軽んじて、他にもっと真面目な課員が大勢居るのに、彼らを選ばず、さような中途半端な人員を僕の手足に送り出していたと思っていたのだが、実は、前野課長とコンベヤ課の土居課長、松木、森本ラインは、お互いに遣り手と認識し合っていた筈で、トルコ案件に信頼できない仕上師を送り込むと、下手すると大問題を起こすかもしれないのに、なぜ、彼を送り込んだのだ、と考えたのだ。
考え着くことは、前野課長も、その信頼できない仕上師が、僕の部下として、バングラデッシュ案件の、梱包管理と、現地据付指導を見事に果たし、他方僕は、単に現場に居ただけ程度の存在だった、と考えていたのだろう、と推察できる。
それに、信頼できない仕上師は、僕の滞在前期の、帰国時に、実に大きな木の箱を作り、それを日本に送った。なんでも、「課長へのお土産を大量に入れる。大変なんですよ」と言っていた。
こういう点でも、信頼できない仕上師は、自分の信頼を維持していたに違いない。それにまた、僕を貶めることでも、いろんな人の評価を維持したに違いない。

またまた思い出した。
アシュガンジの据付を、引き渡し試験も終えて日本に帰ったが、新居浜を訪れて機械課の前野課長に挨拶に行った時、課長から、試運転時に、コンベヤの逆転防止装置が逆に付けたまま運転始動してアームをひん曲げた話を引き出された、一緒に行った据付新人が報告したらしい。課長は、それが僕の責任であるかのような顔つきで僕に話したので、とても違和感を感じ、どう返事して良いか判らなかった。
僕は設計所属で、現場責任者である。現場には、前野課長が選んだ、その若い仕上師、同様に前野課長が選んだ機械検査員であるが電気検査員の勉強を理由に派遣された検査員、それにアル中だが優れた腕前の電気検査員、が付いて行っている。、その場合、逆転防止装置が逆に取り付けられていたなら、誰の責任だろうか?
最後の責任は確かに僕にあるが、通常ならその事については、先ずは、最初に据え付けた頼りにならない仕上師の責任で、次には、実際に試運転した若い仕上師と検査員の責任であり、その後、対策が施されても修理できない場合は、現場責任者が責任を持って対処する。と、それが常識だ。だから、前野課長は自分の部下の責任として対処すべきだし、だからこそ、僕はその出来事を社内には報告しなかったのだ。若い仕上師は、自分の責任であるのに、なぜわざわざ課長に報告したのかも理解できなかった。
それに、余談だが、そもそも、その逆転防止装置が付けられた倉庫内の袋コンベヤは、僕の経験から言うと、逆転防止装置は不要なのだ。だから長谷川君の設計にも若干の責任はあるだろう。

ところで逆転防止装置とはいかなるものかを説明すると、ベルトコンベヤは、ベルトをプーリーなるものの摩擦駆動力で動かすのだが、登り部分に荷物が積載された状態で止めると、積載物の重さで、ベルトが逆方向に動くことがある。コンベヤが登り傾斜の時に生じる現象だが、これを停めるために駆動プーリー軸の端に、逆転防止クラッチを取付ける。装置には正常回転方向が記載されているから、正常運転時の回転方向さえ知っておれば、正しい取付方向が判るわけだ。
上記の事故は、普通は発生する筈がないのだが、ベルトコンベヤの専門技術者で無くとも、物を運搬するには、装置がどの方向に回転するかを知るものなら、馬鹿でも判ることだ。
が、上記の場合、派遣された仕上師はそれさえ知らないコンベヤの素人だった、ということになる。
そんな据付指導員ってある?
実は、記載はしていないが、ほかにも据付の初歩的ミスがあり、要するに、僕を除いては、ベルトコンベヤ設備についてはまるっきしの素人ばかりが派遣されてったとの事で、僕が居なければ何がどうなっていたか、と思う状況だったのです。
僕の派遣の意味は多いにあったよね。




2026年1月2日金曜日

久しぶりにamazonで靴を購入した。

 靴は、ずっとTEMUで購入していたが、TEMUの靴は、ことごとく、靴底かかと部分の寿命が1ケ月程度と余りに短く、1500円程度と安価ではあるが意味がないように思えて、久しぶりにamazonで購入した。それに、足幅が大きい僕の場合は、足底長さは本体26cmなのだが足幅が大きく、4Eサイズが無いと、26.5cmの靴にしなければならない。TEMUの靴には足幅の規定がなく、したがって4Eの靴は無いので、僕は常に26.5cmの靴を購入しなければならない。
そんな事情で、今回はamazonで、26cm 4Eで、3000円弱で購入した。4E品と銘打たれているのだが、寿命については、メーカーは同じ中国なので、その点は心配だ。しかし、ダンロップ品となっていて4E品ともされているので、充分に期待できるかなと思う。


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翌日の3日には靴が到着した。ダンロップの軽量形で、前回と同様の製品だ。
恐らく寿命的には、TEMU品よりは大丈夫だろうと思える。
靴のサイズは、以前通りの26CM4E品だ。ただ、暫くTEMU の26.5CMを履いていたので、足が大きくなっている可能性がある。
差しあたっては、古いダンロップ品を擦り切れるまで履くので、新品の履き心地は、暫くは不明になる。

2025年12月30日火曜日

新しい文庫本をかりてきた。

 数多久遠の航空自衛隊副官 玲於奈
空飛ぶ広報室 有川浩
ヘビメタ中年 荒木源
総力捜査 安東能明
オレタ達花のバブル組 池井戸潤
の5冊だ。

数多久遠の航空自衛隊副官は、読み初めに、ミサイル戦の専門家的知識が多い。かなり専門的で疲れる。
実は、僕は自衛隊の仕事で、主としてミサイル等の自動倉庫型弾薬庫の仕事をした。
弾薬自動倉庫を航空自衛隊東北支所と高蔵寺分屯基地の2か所に納めた。その時は、何しろ、自衛隊に納めることが会社の初めての仕事で、しかも、弾薬庫に自動倉庫を採用すること自体が、恐らく、世界で初めてのことで、その自動倉庫に保管するミサイルは、棚の中の一個でさえ、納入する自動倉庫自体よりも高価で、しかも、危険な代物なので、それを計画することに必死であった。そのため、ミサイルそのものの運用とか機能とかに興味を寄せる余裕がなかった。と言うか、僕が担当する設備は、わが社が概ね過去に誰も対応したことのない設備が多く、計画して見積もりして受注して設計して納入するとの一連のワークだけで気力的に精一杯であった。今になって、納入した設備のそれぞれに、もっと広い視野で興味を持っておれば、いろんな知識を得て、より興味深い人生を過ごせたであろうと後悔しきりだ。
それはともかく、そのような事情で、この人の作品は、この人の専門性に追いつけず、残念ながら途中で読破を中断した。後でちらっと後半を読むと、話は、専門的な話から、突然上司の私的な話へと変わっているが、どうも興味を引くようなストーリイでもなく、ついに読み続けをやめた。
空飛ぶ広報室 有川浩の作品は、空自の職場のことでありながら、上記のような専門性はなく、その意味では面白く読むことが出来た。作者は自分の専門分野でもない職場を背景に実に興味深くストーリイを作り上げたものだと感心させられる。他方、僕は同じ空自の仕事に携わり、空自の各所を回ったにも拘わらず、もっと広い視野で空自の組織とか活動、それに、そこで働く人そのものを知る機会を失ったと、これも後悔しきりだ。
とにかく、本書はなかなか面白いと思った。
そう言えば、我が家の近くに陸自の習志野駐屯地があるので、遅まきながらも、自衛隊のことを知る機会を作る積もりだ。