2016年2月22日月曜日

冠婚葬祭研究所で勉強する

日経新聞に冠婚葬祭研究所のことが掲載されていた。
とりあえず、今後、研究することとしてWebPageを調べた。
http://ceremonylab.net/
また葬儀自体を簡略化するとの業者も居るらしい。
アメイジン
グライフ(東京都武蔵野市)って会社らしい。
要するに、自分若しくは妻が亡くなった時に、2~3百万の金を掛けるより、その金で子供たちが愉しめば良いとの考えだ。
上記Webのここを見ると勉強できそうだ。
http://ceremonylab.net/?mode=f2
知らねばならないのは、葬儀に必要な棺桶とかの必需品と、火葬とかの手続きになる。
葬儀の手順もここに書かれている。
http://ceremonylab.net/?mode=f7

以下にそこに記載されていることを転記する。

直葬とは
直葬火葬式
通夜・葬儀などの儀式を行わないで、火葬のみでお見送りのお葬式のスタイル家族葬とは
家族葬
ご家族や、ごく親しい友人だけで通夜・葬儀を行うスタイル

直葬・家族葬のメリット
  • 特に信仰がない方は儀式などを行わないで済む
  • 参列者を呼ばないので、故人のことだけを考えお見送りできる
  • 高額な葬儀費用がかからない

直葬・家族葬で重要な事はお葬式の事前準備です。

一番重要なことは事前準備を、しっかりしておくことです!!

購入しておくもの

  • 骨壷
  • 骨壷カバー
  • 風呂敷
  • 棺桶
  • お骨上げ用箸

準備・調べておくこと

  • ご遺影用の写真
  • ご安置場所(お亡くなりになって、病院からご遺体をご安置する場所を決めておく)
    ※お亡くなりになってから24時間は火葬できません
  • ご安置場所までの導線(棺やストレッチャーが通るかどうか)
  • ご遺体の搬送手段(自分達で?寝台車・霊柩車で?)
  • 火葬場の場所・料金・予約の仕方(各市町村役場によって棺の対応サイズや予約手続きに違いがあるため)
  • ご寺院・教会・神社の連絡先(儀式を行う場合)

お亡くなりになってからする事!

ご安置場所までの移動

ご安置場所についてからする事!

  • 棺にご遺体を納める(お化粧・仏衣・ドライアイスなども)
  • 通夜・葬儀の儀式をするならお寺・教会・神社の手配
  • 火葬場の予約
  • 死亡診断書を持って火葬許可証をもらう ※申請者の認印が必要
    (各市町村役場で違いがございますが、24時間対応で手続きできるところが多い)
  • 出棺
  • 火葬

2016年2月21日日曜日

新農園 春の植付

さて、そろそろ春の播種・植付の準備だが、今年からは日当たりの良い新農園になっている。しかも、マルチとか透明トンネル、網トンネルを多用して収穫を増やそうとしている。従って従来よりは早めに播種・植付をすることになり、そのための対策も確実にしなければならない。加えて、既に畠は秋植えの作物で満杯だから、ポット植え、と後に畠に植えるって手段を主体にしなければならない。ってことで、今後のために今年のスケジュール・方策を詳述する。
先ず、いろんな作物について房総での一般的な播種スケジュールと種の有無を調べた。その中には昨年種を得た、ハグラウリ、キューリ、オクラ、南京も含んでいる。かくして、ポット植えも考えて早めに種の準備が必要だ。
2月22日 先ずは、じゃがいもの植付準備として、マルチ設置と、植付間への糠置きを行った。植付はもう少し後とする。
2月22日 タマネギのマルチを外した。
2月26日 そら豆がトンネルの中で窮屈そうだ。網でのアブラムシ防止は無理そうだが、ご近所のクレーム防止にカバーは必要なので、三角カバーで内部容積を広げることにした。
2月26日 ジョイフルに行ったが、野菜タネの値上がりが激しい。となれば、ポット苗も高くなると思われる。そこで種から育てる方法を採用する。最初はポットで、次いで、鉢で、と、これは昨年採用した方法だから、これを拡大応用で使う。
種の値段は、ジョイフルで、中長ナス 2ml 235円(ピーマン400円) ロイヤルで、つるなしインゲン 135円 トウモロコシ 180円 にんじん180円 、球なりレタス192円、カインズで、早成枝豆198円
シソ 135円 ピーマン180円
出来るだけ種を有効に使うには、ポット当たりの種数を減らし、ポット数を増やすことと、播種時期をずらして試すことだ。播種時期が重要だ。
ナスは、播種から植付まで2ヶ月、だが、鉢育てを0.5ヶ月として、2.5ヶ月とする。3月半ば播種かな。キューリ、ハグラウリ、オクラ、南京、ブロッコリー等も同様のスケジュールとする。それより早くしても畠には余裕がないのだ。ただ、人参は早く播種の必要があり、キャベツの周囲に播種を急ぐことにする。
が、考えると、3月25日~4月2日には不在となる。その間の水やりが無いと株が乾燥死することは確実だ。そこで、狭い場所で直植えできる、人参とレタスを除いては4月2日以降の播種とする。但しナスについては、播種後、収穫までは4ヶ月かかるようだ。他方、発芽地温が高い。従って、3月初めに保温播種して、3月末に保温鉢植として水やり無く10日間を過ごせるようにとの工夫が必要だ。
2月26日 レタスとリーフレタスをポット播種し、苦土石灰粉と培養土を散布、保温のために透明シートで覆った。土がかなり湿気ているのが気になるが、培養土で吸収されること、それに、暫くは好天が続くらしく、この熱で乾燥されることを祈る。
2月27日 ちょっと早いが黒マルチをしているので、ジャガイモを植え付けた。人参を播種(水を撒いた後に筋蒔きして、忘れた石灰を散布、その後、培養土を薄くかぶせた。)来週は気候が好天らしいので、グリンピースの透明カバーを開いた。また、長い畝の方のそら豆のトンネルを広げるための支柱を準備した。
                                   レタスポット播種(手前リーフ・向う側球) 培養土で覆う
上記にカバーしたところ。
 キャベツの状況

 
タマネギの状況(育ちすぎ)
 
そら豆(花が咲いている) 網をトンネルから拡大支柱にした。
トンネルと同様に、支柱を紐でつなぎ左右で引っ張っている。この方法はとても有効。

じゃがいも植付

 
リーフレタスの向うに人参を播種

グリンピースのカバーを外した(夕方寒くなったので液肥を与えた後再度カバーした)

 
グリンピースと向こう側そら豆

 
カバーを拡大前のそら豆(拡大用支柱は設置済)

2月29日 そら豆は、上部の花には実がつかないらしく、草丈60cmで先端を切るのが良いらしい。
とすると、もう先端を切るべき株もあるってことになる。
脇芽も取らねばならないらしい。
ここでは、7段目までは実がなると書かれている。脇芽を除くこと、7段目で芯止め、追肥の必要と、芯止めに際しては、先端に振動をあたえないでアブラムシが落ちないように処理することが必要らしい。いろいろありますね。
3月2日
ブロッコリーをポット播種した。ナスとピーマンは発芽・生育温度が25度~30度とのことなのでもう少し待つこととした。
3月3日
そら豆のアブラムシ除去(容器の上でそら豆の房を振る)と土寄せ、グリンピースの支持紐張りと土寄せを行った。アブラムシ除去は上記の方法で頻度高くするのが良さそうだ。
グリンピースのカバーを横方向のみにした。
3月4日
そら豆の剪定とアブラムシ除去を行った。剪定枝とアブラムシは水容器に投入した。
剪定は枝が長すぎる。もっと早くすべきであった。
まだ夜は寒いが、グリンピースは元気そうだ。本日の気温は6℃~15℃。
3月12日
真冬並み(-10℃未満)になるとのことで、グリンピースに不織布カバーを設けた。
3月15日
グリンピース不織布カバー除去と紐張り。
そら豆のトンネル型の残り分、テント型に網カバーに修正完了。なお、カバー内側に紐張り。
レタスポットを移植。場所は現リーフレタス周辺
自宅にて、ナス、ピーマンポットに播種。
3月17日






 3月21日
ブロッコリーの第一陣の苗の半分は、何故か、茶色になってやられた。
のこり3株を畑に植え付けた。
ブロッコリー第2陣の種を播いた。(4ポット)
 
4月16日
ポット播種分はほぼ全滅だ。今後への教訓としたい。
現時点での畑の状況。えんどうが収穫始まった。そら豆はさやができはじめた。が、サラダそら豆は、植付ピッチが大きすぎたことも合わせて成長が不良だ。












 
 また、黒陽ナガナス4株、ミズナス4株、各4切り容器 220円を買い、これを夫々大きなポットに入れて、屋内置きで育てることにした。
4月23日 苗は、農業会館のが良いとの情報で、早速買いに行き、確かに値段は安く(1株60円)株は立派であることを確認して、ピーマン2株、きゅうり1株を購入して大きな鉢に入れた。
アブラムシが近所迷惑との忠告有り、密封カバーをして、カバー出来ない所は切除した。
4月25日 キュウリとハグラウリの発芽状況悪いので、今年の種を買うことにした。ロイヤルで共に180円であった。
4月27日 キャベツには、特にナメクジが付くので、順次食べることにした。キャベツ収穫後の空場所に、漸く植え付け出来る隙間が出来たので、植付の準備を始めた。掘り起こし、発酵米ぬかを散布した。28日が雨なので水が十分に吸収できる体勢とした。
なお、下記を参考として、ナス、キュウリには根切りを行うことにした。
なお、根切りは、ピーマン、トマトにも有効らしい。自家製のカボチャのように株が小さい場合は、絡まった小さな根の固まりの周囲の先端を切る程度でも良いらしい。
ポットごと水につけて1時間、水から出して2時間、ポットから外して、水洗いして根を梳いてから、1/3を根切り。新聞に包んで、水につけて現場に運び、根を円形に広げる深さは、キュウリ5~6cm、キュウリは2~3cmとする。中心部を少し丸く高くした穴にする。土はそこそこ固めて、支柱、水やりを急ぐ。なお、水洗いはポットから抜いて水洗い・根切りって簡略法でも良いらしい。
ナスは黒マルチを両がけする。(水やりや雨の時は外せるように)。
根切りしているので水やりはしっかりとする。
仕上げで、透明シートでトンネルカバーとする。キュウリは黒マルチが駄目なので、コメワラで乾燥よけとする。
株間隔はナス・ピーマンは50cm
なお根の活着を促す方法としては、根切り以外にもいろいろあるようだ。
ミニトマトの寝かせ植えは是非実行すべきだろう。他方、トマトについては、根洗・断根して植え付けて枯れたとの情報もあり、特に、乾燥には留意が必要のようだ。
ナスについて秋の更新・断根についても情報がある。
4月29日 風が強烈だ。グリンピースは紐張り不十分で、背が低くてもジャガイモは倒れそうだ。油断してしまった。
そら豆のカバーの中にてんとう虫の幼虫がうろついている。頼もしい。やはり農薬を使わなくて良かったと確信した。
4月30日 今日は到頭、ナスの根切り植付だ。キャベツの収穫で出来た空き地に準備を終えた。
8時30分に小さなバケツに2個に水を入れ、ポットを漬けた。2株のみだ。
乾燥防止のために、コメ藁、不織布、黒マルチを使ったので、ほぼ完璧と思う。保温のために透明カバーのトンネル掛けとした。心配なのは、少々浅植えだったことだ。さて、断根が効果あるか否かがはっきりとすることとなった。
本日更にキャベツの収穫で場所が空いたので、きゅうりを断根方式で植える。下にさつまいもを植えているが、きゅうりなら上に伸ばすのでじゃまいにはなるまい。
5月1日 きゅうり一株を断根植とした。断根植えしたナスはぐったりしている。共に、朝昼夕に散水する。それに、キュウリもナスも、昼間の生育温度は25℃~30℃なので、余り高温になるのも防がねばならない。その点の注意も必要だ。
 
金子さんが「ジャガイモの追肥と土寄せをする」と言ったので、早速、発酵米ぬかを液肥として与えた。土寄せは一昨日風が強かったので遣ってしまっていた。ついでに、タマネギにも液肥をかけたが果たして良かったのか悪かったのか・・・・、と、心配だ。
ただ調べると、生育期の乾燥はタマネギには良くないとのことで、薄い液肥が有効だとも思える。それにしては、少々濃すぎたかなとも心配する。
 
ポット植えの殆どが失敗している。なんと、ナスだけが芽出しできていて、きゅうりとハグラウリは、種自体が悪い可能性がある。そこで、購入した種をポットに播種する。培養土で2~3cmと書いているが、僕の所有する培養土は、肥料用なので1cm程度とした。
 
サラダそら豆が数本収穫できた。どうやら、サラダそら豆の方が生育が良く、あぶらむしにも強いらしい。本年冬には、サラダそら豆を適度に育てることにする。
5月2日 ジョイフルホンダで、4株120円の、キュウリとピーマンを購入し、ポットを替えた。午後、農業会館に行くと、ミニトマト60円が前回よりも小かぶだが売っていたので、2種を一株ごと購入し、大きなポットに移し替えた。総合計360円。
来年は種は一切買わず、ポット買いとしよう。
 
5月4日 明日は天気が荒れるとのことなのでジャガイモのカバー、えんどうの支柱補強を行った。
最終のポット植(3回目)5月1日播種のキュウリが早速芽生えた。やはり新しい種でないと駄目だ。
えんどう、いちごは収穫が始まり、タマネギも大きくなっている。旧農園より一ヶ月も早い。それも、植付が失敗して遅くなっているのにその状態だ。新農園の条件が良いからだろう。
 
5月8日 僅かに塔は立ったが、タマネギの半分は倒れだした。イチゴの出来も収穫量も最高。
そら豆は出来が悪く、半数を処分し埋めた。その後に、ナス4本・ミニトマトを、根切りと寝かせで植え付けた。保水のために一応マルチをしたが、きゅうりは時期をみてマルチを除く。が、よく考えると、ナスは、施肥を根が広がるように散布するには、黒マルチが無いほうが良さそうだ。
ミニトマトの横に、ハグラウリの種植えをして、不織布を上に置いて保水とした。
そら豆は、マルチをせず、防虫ネットだけの方が、特に水不足とならないようにするのが良いらしい。つまり、いちごを除き、冬のマルチは、春前に除き、雨が降り込むようにするのが良いらしい。
 
5月9日 タマネギの収穫を始めたが、思いの外、出来は良くなかった。やはり、昨年の植付が早すぎたのだろう。できの悪いそら豆の整理後には、トウモロコシの種を播いた。その畝が最も北側なので、他の作物への影響は少なくできるだろう。なお、トウモロコシはポット植えも行い、今後、えんどうの収穫が終われば、そこに植え付ける。
そら豆とニンニクの出来が悪かった、がこれは追肥不足と思われる。
出来不出来は、追肥によって決まるようだ。
 
追肥が重要で、追肥が容易に出来るように、マルチは最小限にする。ところが、今日の調べでは、よく出来ているそら豆は黒マルチをしていた。判らん!
 
オクラをポット植としたが、ナメクジ防止のために育苗用培土を使った。豆類が特にナメクジの害を受けるようだ。今後はこの方式を採用する。
 
5月10日 ピーマンの根切り植えを行った。不織布と黒マルチで保水した。根切り植には慣れてきた。
5月13日 とうもろろこし発芽・地植えハグラウリ芽生え
 
5月14日 植付場所をなんとか確保して、ナス7株、ピーマン4株、キュウリ3株、ミニトマト3株を漸く、根切り方式で植え付けた。はぐらうり一箇所、とうもろこし10箇所の播種を終えた。
ハグラウリは、キュウリの種と同じ大きさ・形状だが、芽吹きがとても小さくて、遥かに浅く植えないと根出しができないと判った。ポット植え分は、2~3日前に浅く刺したのが発芽した。
 
5月15日 ポット播種のつるなしいんげん、枝豆はほぼ全滅した。温度が十分に上がらないと発芽しにくいようだ。ナスはかなりが発芽した。ピーマンも発芽するのだが、なめくじにやられる。豆類もナメクジの大好物らしい。
枝豆・つるなしインゲンを再度ポット播種。
畑で、キュウリを黒マルチしている人のが育ちが良い。根がやられるのは、もっと暑くなってからだろうか。注視すべきだろう。
5月20日 つるなしいんげん、枝豆が漸く芽吹いた。オクラが駄目だ。畑に播いたトウモロコシが芽吹いているが、その一部がネキリムシにやられた。タマネギの葉が倒れないのも、徐々に収穫している。グリンピースが枯れ始めたが収穫は続いている。
明日は、とうもろこし、オクラのポット植えの再挑戦と、育ち始めた苗を大きなポットに移す。タマネギ・グリンピースの収穫後に畑に移す準備だ。
2016年5月25日の畑
            北から一列目、西側から(以前はそら豆)・現在 はぐらうり・ミニトマト
同続き(以前はそら豆で、向うはグリンピース)手前はミニトマト、向うはトウモロコシ


2列目 手前はタマネギ収穫前・向うは以前はそら豆で今はピーマン・ナス収穫前グリンピース
その向うは収穫中グリンピース



3列目と4列目
3列目はネギで、間にカボチャ(芯止め中)・向うはイチゴ、ナス(タマネギ収穫後)、
その向うはイチゴ・ピーマン(タメネギ・ニンニク収穫後)
4列目は、ニンジン・レタス(キャベツ収穫後)キュウリ(キャベツ収穫後)キュウリ(タマネギ収穫後)
その向うは、ジャガイモ・レタス・ニンジン



ミニトマトの剪定枝はポットに挿して、次々と数を増やし、
発酵済ぬか袋と、発酵前ヌカ袋を常時準備して自転車に積んでいる。
追肥は一週間ごととした。
ポット播種・畑地播種はいろいろと試している。が、結局は芽生えには適切な時期が必要らしい。
 
 
 
 
 
 
 

2016年2月11日木曜日

本や資料を捨ててゆく

amazonで書店を開いたことについては先に書いた通りだ。が、書店でも売れない本や資料は紙ごみの日に捨ててゆくより仕方がない。本は懐かしいものであり、資料はかっての仕事には必須の品々だが仕方がない。しかし、ただ捨てるのは忍びないので、本も資料も読み返しては捨ててゆくことにした。読み返した時に気づいた事々をここで記載する。

鉄仮面 デューマ・ベール
読み返そうとして、なんと、初めて気づいたが、鉄仮面とかはダルタニアンで有名な3銃士(実際には4銃士)の後編の一部で、これらを含み3部作となっているらしい。3銃士とは子供向けの本ではなくて大人向けの流行本であったのだ。彼の時代は、ナポレオン時代の後のナポレオン3世時代から王制に至る時代で、ナポレオン時代の前のルイ14世(太陽王)の時代を懐古的に楽しんだ小説らしい。小説の中で3銃士はばらばらになって行き、ダルタニアンはオランダ野辺の戦線で戦死する。戦争の形容はそれなりに迫真力をもって描かれているが、内容的には流行小説の枠を外れたものではない。
角川書店の石川登志夫訳で、前後編に別れた初版に対して、上下を一つにした昭和5年改版の5版が僕の持ち本だ。デューマの作としては、モンテクルスト伯(岩窟王)も懐かしい。ところで、鉄仮面とは確か顔を知られることなく幽閉される人物のことだが、これがどうダルタニアンや4銃士と関係するのだろうか。そのことは内緒のままとする。
ところで、子供の頃に慣れ親しんだモンテクリスト伯爵に匹敵するのが「LesMiserable(ああ、無情)」だろう。これは誰の作かと調べたら、ビクトル・ユーゴーで、やはりフランスの作家で活躍時期は1862年頃で、デューマより少し遅いか、同時代となっている。確かに、舞台には同じ雰囲気があるが、ビクトルの方が地味と言えそうだ。
ところで、鉄仮面との表題だが、我々が子供の頃に読んだ鉄仮面とは異なるものらしい。
子供の頃に読んだのは何だったのかを調べねばならないが、それは別として、この本の表題がなぜ鉄仮面なのかを知らねばならない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E4%BB%AE%E9%9D%A2
http://www.cosmos.zaq.jp/t_rex/works/works_7_x.html

反逆児 ラクルテル著
ちょっと読み始めたが、鬱陶しい内容なので中断した。もう、かような繊細な内容の本は読めなくなっている。

南ヴエトナム戦争従軍記 岡村昭彦
本書は本戦争の極めて一部の経験の記述に過ぎない。

氷点 三浦綾子
うじうじと面倒くさい話である。と、文学者に怒られそうだ。でも、自分で書いた文章でさえ、そう思えるこの頃ですから。ただ、渡る世間は鬼ばかりとか、ださいのが好きになった年齢ですから、健気に頑張る陽子さんがテレビドラマに出れば、みるでしょうけどね。
司馬遼太郎の関が原、ギボンのローマ帝国衰亡史も面白く無い。
これだけどの本も面白く無いのは、僕の精神の衰えかと思ったら、チェーホフの我が生活は面白い。僕は何が面白くて何が面白く無いのかを考えねばならない。

GWFハルガルテン 独裁者
この本は、有史以来の独裁者の行為を分析するもので、極めて興味深い本である。ローマ史から学んだ法律家が、独裁者の現れるのを防ごうとした米国憲法でさえ、トランプの様な、独裁的性向者の発生を防げないことに驚き、この本をいよいよ見なおすべきと思う。

ところで、amazonで売れた本は3万円程度になるのだが、amazonの手数料と送料過多で、実質利益は半分程度となるだろう。ところで、市の図書館で愛読書としていた本が、最近になり再び在庫を調べると処分されていることが判りショックを受けた。図書館の本とは、短い期間に無くなってしまうことが判った。特に愛読していた、「どくとるアイアイと謎の島マダガスカル(上下)」と、田中俊資の「楠正行(1)~(5)」も消えてしまっていた。amazonやyahooオークションで再入手することを計画中だが、いかに良い本を安く手に入れるかである。「どくとるアイアイと謎の島マダガスカル(上下)」は1000円程度で手にいれて、楠正行は5巻を2110円、あれこれしている間に田中俊資の「南朝盛衰記5巻」のうち、3巻までを800円程度で買ってしまった。
本を整理するところが、増やしてしまったようだ。

ジャンジュネ 泥棒日記 新潮文庫
年寄りには重すぎる。

モンゴメリーのエミリー3部作、赤毛のアンシリーズ9冊、果樹園のセレナーデ や、バーネットの小公女、秘密の花園も捨てる。ただ、捨てる前に目を通しているが、赤毛のアンはやはり秀逸な一品であると思う。

2016年1月26日火曜日

寒さを逃れて、マレーシャ北部の旅

Expedia経由でAirasiaクアラルンプール便を26,780円で購入した。
1/15-1/22とした。
(最終的にはAIRASIAの成田便キャンセルで、1/14-1/22となった)
今回は預け荷物も無く、一週間の旅程として、マレーシャの南部北部を周遊するとした。が、時期的に東部は雨季なので、西側を周遊とした。
当初は到着日をKL泊で、翌日KANGARまで行き、AlorSetarからTaipin経由でKLに帰るとしたが、到着日にKLに宿泊し、PUDRAYA発でKANNGARに行くのは、どうも、PUDRAYA発が不明確であること、TBS発は早朝発が無いこと。仮にPudraya発があっても、KANGARに到着が遅くなり、宿との連絡も困難に思える。
なお、これによると意味が判らないのだが、changloonへゆく途中でButterworth経由するらしい。所要時間は8時間らしい。直行するのもあり所要7時間だ。が、予約サイトには出ない。
http://www.journeymalaysia.com/ptakangar.htm
そこで、TBS発の夜行で行けば、所要8時間で、翌日は、KANGARに早朝に着いて、タイとの国境のPedangBesarにも行けそうだ。と、言うことで、少々強行軍だが、夜行バスを使うことにして、KLの宿はキャンセルとした。
但し、バスの予約は、AIRASIAのスケジュール変更の可能性もあり、来春とする。(12月23日に調べたが、バスは宿から遠い方のバスstationに着くらしい。またKL発でもKajangBusStation発があり、KajangはKLの南側に位置して、KL(TBS)を通過すると思える。しかし、安心のためにTBS発を選択するが、予約サイトは2箇所あり、EasyTicketの20:30発が良さそうだ。
http://www.busonlineticket.com/
http://www.busonlineticket.com/
かくして買ってしまった。47.3MYR 最後尾の席とした。(が、やはりAirasiaは油断が出来ない)
同時の調査で、KANGARには、南部にStestenBasExpresuなるターミナルと、その少し北、BowlingBuildingの下に、MaralinerバスのStationがあり、Maraliner以外は、Stesten(IntercityBusStation)使っているらしい。PedangBesarへは、Maralinerが4.2RMで往復運航しているようだ。(実際には、BowlingBuilding下のバスステーションは、確かに、MaraLinerのバスは停車するが、出発地点は全てSentralBusStationとなっている)
AlorSetarとの間は、「Maralinerと、IntercityBusStationを使う、CityLiner」が運航していて、AlorSetarの北部にある、AlorSetar ShahabPerdanaBusStationと結んでいる。
(実際には、MaraLinerのバスも運行している。が、頻度は少なく、出発時間はStationの隅っこに表を貼っている。バスNo.でどこを回遊するかも書かれている)
Alorstarから、Taipinへは直行便は無いようだ。Butterworth経由で行くことになる。(実際には、9:30発のTaipin行きTransnationalのバスがあった)
TaipinからKLの途中を、どこかに寄ろうかとも検討したが、IPOH経由での移動となり、バス便がNETでは見つからない。うろうろするより、KLに直行かと考えた。
2週間前になり、やはり、AIRASIAの羽田⇔KL便がキャンセルになった。相変わらず勝手に変更する内容は無茶苦茶だ。日本センターに電話して、1/14羽田初夜行便でKLへ、22日昼間便で羽田に戻ることになった。情報では今年8月には、成田⇔KL便は廃止になっているらしい。が何故か、各人への連絡は2週間前にすることになっているようだ。不思議な会社だ。
1/6にWeb-checkinは2週間前から出来ると気づいた。往路便をWeb-checkinすると、シートMAPでは、中央通路で、片側5席となっている。こんな無茶苦茶な席配置があるのかと驚いた。AIRASIAには驚かされてばかりだ。(実際には、3+3+3 の座席配置であった)
AirAsiaで預け荷物がない場合の条件が厳しくなっている。ボーディングパスも発行せず、カウンターで十分にチェックするらしい。荷物の大きさ、重量には十分に注意した。
今回は、荷物は完全なバックパックで、現地でのバス便がよくわからないまま出発となったので、その点での心配が強かった。が、実際には、余り欲張ること無く行動したので、全てが容易に運んだようだ。それどころか、精神的にも余裕のあると言うか、満足できるような旅となった。
さて、Airasiaの夜行便ではやはり良く眠れなかったが、気分が悪くなることもなくKLについた。空港のDigi事務所でSIMのrechargeは出来ないとのことで、20RMで最低限容量のSimを買い、1階バスカウンターでTBS行きバス切符を10RMで買い、TBSに向かった。TBSでinformationでカウンターの場所を聞き、窓口での登録をしようと思ったが、夜まで待つのは勿体無いと思い、窓口で聞くと、10:30のバスが有ると言う。バス便を変更し、Gate7に向かい、暫くでバスが来た。Kangar行きなどのマイナーなバスのGateでは、出発バスについての表示が貧弱で、本当にバスが来るのかと心配な状況だったが、カウンターでの指示に間違いは無かった。
バスは、Ipoh、Butterworth、など五箇所程度で駐車してカンガーに向かう。駐車時間を運転手に聞くと、10分と答えるのだが、実際には15~20分は停車するのが腹立たしい。が、置き残されてバスが出ることを考えると、僕としては10分で出来ることしか出来ない。そこんとこが鬱陶しかったが、Butterworthから先は、実にのどかな田園風景が広がっていて、良い旅となった。
SungaiPetaniで停車時に、ホテルに電話すると、のんびりとしたおじさんが応対に出て、「明日から2日予約したが、今夜も泊めて」と言うと、よっしゃ、と答え、何時に着くかと聞かれたので、7時から8時かな、と答えると、よっしゃと答えた。全てが順調に運んだ。が、Kangarのセントラルstationについた時には、乗客は2人で、どう行けば良いのか判らなくなってしまった。居た連中に、ここはSentralStationかMaraLinerのSentralStationか、と聞くと、どっちでもある、と答えられたのでいよいよ混乱してしまった。つまり、現地人的には、MaraLinerStationは現実的には単なるバスストップで、StationとはSentralStationの意味だと後になって判ったが、その時点では混乱してしまった。結局は、BowlingBuildingがランドマークとして有効であった。
とにかく聞きながらその方向に進んだが、途中で、路端のお客の多い屋台でカレーライスを食べた。味もよし、値段も4MRと良しで、気を良くして歩きを続けた。BowlingBuildingを見つけ、その後は、背の荷物は重かったが、順調に運び宿に着いた。宿は部屋は広く、キッチン付き、洗濯機、ベランダ付きの住み心地の良い宿であった。ここで3泊は結局は正解であった。
気温はと言えば、特に2時から4時頃までがとても暑く、できるだけその時間帯は避けたが、そもそも日本がとても寒くて、暑さが有難いと思うようになっていたので、気温については、むしろ気持よかったと言えるだろう。そう考えると、逆に、日本の寒さはマレーシャの暑さから言うなら、嬉しい寒さだとも言えて、気温って、考え方で感じ方が違うのだとも思えるようになった。さて、Kanngarでの観光だが、名も知られない街がそもそも僕には楽しかった。つまり、観光ってことも、気温と同様に、本人の考え方そのものだろう。
周辺観光のための近郊バスは、MaraLiner(MayBus)と小型のCitylinerとがあり、遠くは、AlorStarまでが近郊バスのルートとなっている。それらは、周辺街々を巡るので、時間が掛かるし、発着時間には正確とは言えない。ただ、SentralStatonには、バス番号とスケジュール表は貼ってある。運賃は1~5MRで遠距離バスに比べると極端に安くなっている。
Kangarからは、到着日はタイ国境のPadangbetarへ行き、国境を越えてタイに入ろうとしたが、国境のImmigrationは、車対応であり、かなりの距離を歩き、マレーシャを出国し、更に相当歩いて、タイ側immigrationに至ったが、ツアー客がいっぱいで気力を喪失しマレーシャ側に戻った。バスの待機場近くに屋台があり、ここで紅茶をのんで暑さを楽しんだ。翌日はKualaPrilusに行き、Lankawei行きFerry、10:30発の切符を購入したが、9:15分発が未出港であったので、これに乗れた。閑散たる出発港に比べ、LankaweiのFerry乗り場は、あたかも空港のように凄い建物で驚いた。昼食を食べ直ぐに帰路に着き、KualaPrilusに戻ったが、バスの来る時間も判らず、Taxiに乗ったが20MRとかなりぼられたように思う。やはり、路線バスの旅とすべきであったと、後悔している。SentralStationと宿の間には、興味深い街が、特に、中華風の街が広がっていて興味深い街であった。なお、BusStationの朝市で、鋭いナイフを5RMで手にいれたので、果物を買える機会があればパイナップル、マンゴスチン、りんご等を買いせっせと食べる事ができた。これも、極楽極楽であった。
3泊後にAlorStarに向かうが、Transnatinalのバス9:30に乗った。AlorStarのバスstationは、街の北側3kmのところにあるので、そこから宿までは徒歩で行った。ASRCって宿で、Kangarの宿には劣るが、広い部屋の宿であった。きれいな街ではあったが、何故か車が多く、それも、街を通過する車が殆どって奇妙な街であった。街の中央にタワーがあり、ここに登って周囲の景色を見て、その美しい景観に驚いた。そこから見て判るが、この街は交通の要所でもでもあり、そのために通過車両が極めて多いのだ。AlorstarからTaipinへのバスの便がよく分からなかったが、到着日にカウンターで聞くと、10:30発の直行バスがあり、切符は購入しておいた。次の街、Taipnまでは5時間の旅であった。TaipinのKamtingBusStationは、街の北側数キロメートルなので、ここを徒歩で往くにはちょっと遠すぎる。そこで、路線バスを探したが、聞く人の殆どがバスは無い、TAXIを使えと言う。が、僕の経験からすると、この国の人々は外国人には路線バスを使わせたくないってようだ。が、この対応に負けてはならない。BusStationの端っこの売店の爺さんに聞くと、そこの前にCityRedBusが来るとのことで、これを使って2.4MRで町中のBusStationに着くことができた。宿は、そこから直ぐ傍であった。
Taipinは中華街を中心とする面白い街であった。なお、中華の街なので街の名前は太平と称しているのだ。また、宿のレベルはまた下がり、次のKLではかなりレベルの低い宿で、KLに近づくほど宿のレベルは落ちてゆく。しかし、宿の若旦那は親切で、市内観光の説明をしてくれた、その勧めで、市の南の方に有るとのマングローブの自然公園に行くことにした。
バスstationに行き、若旦那が書いてくれたメモを見せると、馬登って書いたのを、Matang(マタン)と発音して、端っこのバスだと言う。
待っていると、青いバスが現れてこれに乗ると、夫婦が運転手と車掌をする家庭的なバスであった。彼等に相談すると、Matangの公園前で降ろしてくれた。Matangって街は、公園の手前にある村の名前である。公園内の散歩道は約1kmで、1時間程度で見学を終えて、公園からちょっと先の、バスの来るのが見える茶店で紅茶を楽しんだ。帰路のバスも同じ運転手と車掌のバスで、どうやら、この路線は彼等が運営するバス会社であったようだ。
街に帰り、こんどは街の北側の公園を訪れた。そこは素晴らしい公園であった。これほど美しい公園はかって見たことも無いほど美しい景観であった。次いで、Taipin駅を見に行ったが、古い駅舎の横に、素晴らしく近代的な駅舎ができていた。
小さな街だが、実に面白い街であった。
ところで食事だが、もうどこでも食べることが出来るようになった。価格は3~8MR(1MR=27円)とばらばらで、本当の値段はほぼ判らない。
常に非常食としてビスケットを買うのだが、これは3~4MRってとこだ。
21日早朝にバスステーションに行き、6時発でKAMUTING bustationに着くと、直ぐのKL行き切符を購入できたが、行き先はKLのプトラbusstation経由でTBSであった。が、空港からTBSは経験があり、TBSからPudrayaも大体は判るので、躊躇なくそのバスを選んだ。TBSに着き、後は、もう我が家の庭のようなものだ。69番のバスでPudrayaに行き、宿にはまだ早いので、途中のFoodCourtで雑食6MRを遅い昼食として食べた。空港へのバス便は、とStarShuttleの駐車場に行くと、StarShuttleの乗り場は、PudorayaBusstationの中になったとのことで、Conterを探しだした、が、何故かCounterには担当者の姿は無く、翌日の時刻表だけを手に入れた。
安宿に荷物を置いて、purple無料busで市内を回り、途中のPavirionで店内を見て回り、再び、FoodCourtで夕食8RMを食べた。
翌日は、10時頃にBusStationに行き炒飯3RMを食べ、StarShuttleで空港に向かった。空港の2階のコンビニで、パイナップル1個とリンゴ4個を買い、Security上の待合室でこれらを全て食べてから、帰路便ゲートに向かった。羽田へは早めに着いたので、東急便に間に合った。
かくして、僕の一週間の旅は無事終わり、終わり良ければ全て良し、であった。
なお、旅行費用は国内交通費を除き、航空券26.780円、予約宿泊費3,500円、キャッシング500MR(約14,000円)であったので、総額44,000円であった。
https://photos.google.com/u/1/share/AF1QipMyKp3xu4Djl0IBQjVjm22RCxriJov2alEAcabjfb67l6T3HKky1V05i_p6q6Cujw?key=R1FxX1FYLU5Tdk1pZ2xQVXZZeDZDTWxsWl9BMDdR

生きている証みたいなもんだ。
いずれ死んで、原子に戻るのだから。

2015年12月21日月曜日

Win10へのバージョンアップ奮闘記

Win8.1のパソコンを買い、その前のWin7との大幅な違いに苦労したので、うかつにバージョンアップはするまい、と決めていた。Win8は、パソコン用ではなくて、Tabletやスマホのような画面の小さい物に特化している。それをわざわざパソコンに搭載することで、使い勝手が極端に悪くなったのだ。結局IT関係者は自分たちの都合しか考えていないことを如実に示す事実だった。
そのため、かなり苦労してWin8.1に慣れたのだが、と言うか、画面を自分の使えるように改変したわけだが、その苦労を考えると迂闊にWin10に改悪する気はなかった。
ところが、Win10へのバージョンアップを誘うウインドウがパソコンを使っていると10分置きに現れるようになった。本当に連中はしつこく無礼なのだ。
どうにも鬱陶しくなって、やむおえずバージョンアップのスイッチを押してしまった。なんと、バージョンアップに3時間もかかってしまい。でてきた画面を使いやすいように改変した。
翌日画面を開けると、僕の改変はすべて消えてしまい、それどころか、画面下のタスクバーのインンジケーターが全て消えてしまい、NETエキスプローラーのお好み登録も全て消えてしまった。最も大きな被害は、日本語入力が全くできなくなったことで、もうこのパソコンはおしゃかだな、と思えた。
仕方なく、実務は古いパソコンを使って処理したが、古いパソコンはNETに入るとHttpsのホームページの多くでは、画面表示ができない。そんなときは新パソコンで画面を見るとか、面倒な状況が続いた。その間、GoogleIMEをダウンロードしようとしたり、インジゲーターが消えたのはJAVAが消えたからだろうか、と、JAVAをダウンロードしたが全く事態は改善しない。もうあきらめて、新パソコンのデータが消えても良い時期に、初期化しようと決めた。
しかしながら、なお対策をと、画面をいじりながらTRYした。なんとか、コントローラーの画面を出すことができたので、それも、何とタスクマネージャー画面から出すのだが、そこでシステムの復旧なる画面を得た。復旧を指示すると、画面はインジケーターが全て消える前の画面(ただし、タスクバーのIMEの表示はまだ消えている)、つまりWin10の画面ではあるが、日本語入力はできるようになった。
しかし、今なお、シャットダウンはタスクマネージャー経由なんて馬鹿なことになっている。
マイクロソフトの馬鹿野郎って声を大にして叫びたい。

なお復旧したことで、復旧前には何の機能もなかった左下隅のタイルマークが、Win7までのスタートアップ機能を有するようになった。これは便利と言うか、Win7以前と同様に使いやすくなった。
シャットダウンもここで出来るようになった。つまり、マイクロソフト自身がWin8.1の欠点を自覚したとも言えるだろう。
あとは、Win10特有のソフトMicrosoftEdge とか、Cortanaとかがどう使えるかってことだな。なら許すか。でもどうにも判らんのだが、再起動後にいろんなインジケーターや機能が勝手に消えたのはなぜだろうか。

2015年12月14日月曜日

仏教の教え、つまり、釈迦の教えとはなんだろう

仏教の教え、について、僕は全く知らない。浄土真宗の母親が、念仏を唱えること、また、浄土真宗の教えでは、念仏を唱えれば浄土に行けるとのこと、ほぼ、僕が知る仏教とはそれだけであり、僕はこれらを共に実践していないし、信じてもいない。既に書いたように、宇宙の成り立ち、それに、僕の存在はいかなるものかは自分なりの理屈で理解したから、それで十分とも思うが、せっかく仏陀があれこれと考えたのだから、その一端でも知る方が良さそうに思えたので、調べることにした。これは、実は我が家の古本を調べていて、仏教史入門(塚本啓祥)なる本があるのでそう思ったのだ。この本は僕が買ったものだが、多分、その内容が理解できず、殆ど読まずにいたものと思える。しかし、この歳になって考えるに、釈迦はあれほど一生懸命に考えたのだろうから、それが、あほな考え方で終わった筈がないのではないかと思えたのだ。少なくとも、天国とか地獄とか、そんな馬鹿なことは言っていない筈だと考えたのだ。
さて、その仏教史の中に、初期仏教の教団と思想・教義の綱格なる章があり、ここに詳しく記載されている。要約すると、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、一切皆苦がその根本であり、そこから全てが説明される。その結果として、「認識されないことは客観的に存在するものとはみなさない」「絶対的な存在は無い」となっている。つまり、天国も地獄も、神の存在自体も、認識されないから、少なくとも、存在するとはみなされないってことになる。
なるほど、あの時代に、釈迦は本質を把握したのだと、僕は感心した。
そうして、彼の考え方の結論として、人生は苦であることを知り、この苦をいかに癒すかとの方法は、道徳的行為の絶えざる実践により、次第に理想的世界に達しようとすることに意義がある、と教えたとのことだ。おそらく、これは僕の考えだが、生きることが苦であることを認めながら、その苦を少しでも少なくするためには、皆が道徳的行為を続けることが必要だと考えたのだろう。
なるほどね、と思った。
極めて妥当な考え方だが、なぜそれが、彼の人生をかける程の大事なのかとも疑念を持った。だが、彼の生きた時代は、キリストが生まれるよりも以前の世界だったはずだ。その時代に、神や地獄も否定するには、やはりそれだけの熟慮が必要だったのかな、と理解できた。だが、今の時代には、いろんな科学情報があり、また簡単にそれらを知ることができる。彼の達した結論は、得ようとすれば簡単に得られる時代になったのだと考えるべきだろう。
つまり、彼は、3000年近くも時代を先駆けていた天才と評価されるべきなのだろう。

それに、この本には、大乗仏教の経典のことが書かれている。参考のために転記するとかようになる。
般若波羅蜜多経典
般若とは知恵、波羅蜜多とは、彼岸(覚り)にいたる。との意味で、知恵の完成で覚りに至る、との意味だ。この経典の中心課題は、空の提唱であり、つまり、この世界の物質的存在は実体がないが、実態が無いからこそ物質的存在だとする。物質的存在への執着を離れたところに物質的存在がある、とする。
華厳経 内容、難しく判らん
法華経 これも内容不明
浄土経典類 浄土(理想社会)についての経典類
その他いろいろ。
経典も哲学論であろうと想定できるが、恐らく、それらを理解しようと努力することは、時間の無駄と思えるのでそこまでは学ぶ気はない。

2015年12月2日水曜日

ベトナム北部再訪


最近はベトナム航空WEBからEXPEDIA経由の航空券販売が行われているようだ。大阪の小学校時代の友人と連絡をとりハノイ往復を購入した。但し、帰路は何と、ホーチミン経由での帰国だ。成田発往復44,800円、関空発往復45,230円と、とても奇妙な具合だ。1115日発、1126日帰国だ。
ベトナムも3度目で、手馴れている。

ハノイの宿は、DawnTownHotel 一泊朝食付$12NinhBinhは、DucTuanHotel 一泊朝食付き、$15DongHoiの宿は、AnhLinh 一泊朝食無し$12 といつものパターンだ。ハノイの宿は、ホアンキエム湖の北側なので、車の手配を頼んだ。$16/車だから良い値段だと思う。ついでにハロン湾観光を依頼した。$32とのことだが、現実には洞窟に入るボート(養魚場からの)は、13万ドンが別に必要だった。合わせて、$38ってどうなんだろう。


後は、HanoiNinhBinhのバス代だが、結果的に宿からGiapBattバスターミナルまでメーターTaxi9万ドン、バス代金は65千ドンであった。
問題は、その他の交通費で、夜間バスに乗る気はないし、昼間のバスは無いようだ。列車にするとして、前回のようにWEB予約して倍額も払う気はない。
結局、ハノイ駅でNinhBinhDongHoi DongHoiHanoiの切符を購入した。

出発日の初日に荷物を宿に置いて、ハノイ駅に行き、整理券を取って待っていると簡単に購入できたが、どたばたしている間に13万ドン程度を余分に取られたようだ。それでもNET購入より遥かに安い。

鉄道のWEBから購入もできるようだが、国内携帯を持たねば購入できないようになっているので、空席の状況や、列車スケジュール、切符価格は、鉄道Webで調べた。

今回は、ハノイ駅で切符が買えれば、全ての旅が成り立つことになり、初日に切符を買えたので、本当に気が楽になった。
さて、後は簡単に記述する。

16日は切符購入の予備日としていたが、15日に買えたので街を歩きまわった。
しかし月曜日なので、主要な施設は休館が多かった。
ロンビエン橋から歴史博物館を回り、昼食は簡単にフーで終えて、夕食は有名なコムガー(飯)をホテル近くのComGaで食べた。
歩きの途中でバナナを買い、非常食の用意を整えた。
17日はハロン湾観光を楽しんだ。別費用の小型ボートでの遊覧、費用内鍾乳洞の観光と、なかなかのものだった。
18日はニンビンへのバス移動で、ホテルに頼んだTAXIを降りると、ポーターのようなおっさんが荷物を運んで切符売り場に連れて行き、切符を買うとバスに連れて行った。何のことはない、彼はバスの車掌で、かつ、客引きなのだ。バスを満席にすべく、大方1時間もゆっくりと走り、満席になると高速でニンビンのバスターミナルに向かった。バスターミナルでも直ぐに客引きと交渉となったが、TAXIはメーター付きで交渉の必要もなかった。
宿はタムコック観光ツアーの昼夜の食事場所でバイキング方式で、価格は24万ドンと少々高い。そこで、単品で頼むことにしてチャーハンとヌードルを二人でShearして15万ドンと安く済ませることにした。
19日は、タムコックへと船観光で、戻ってから、無料の自転車で楽しんだ。
ドンハンムアには簡単に行けるし、その先へもかなり行ける。タムコックから西に向かったら、ヨーロッパ人を率いる自転車ツアーが居るので、その後をついて行くと素晴らしい景観の場所が続き、大いに楽しめた。

20日は、DongHoiへの列車の旅を楽しんだ。
我々は、SoftSeatの予約席を買ったのだが、予約席を買えそうもない連中で満席になっていた。この辺りに現地人が有利になるような運用があるらしい。

DongHaiの宿で、素敵なレストランを教えてもらったが、二人で25万ドンと、高いので、宿の裏手の食堂で、クワンコム・ビンザンと併用した。
21日は、105万ドンでフォンニャ洞窟と天使の洞窟を観光した。
今回のTourで判ったが、水位が高くてフォンニャに入れない時は、洞窟入り口から上に上がったチィエンソン洞窟に連れて行くのだ。今回は水位が良く、フォンニャに入れたが、凄い洞窟であった。

22日は休養日としてDongHoiの街をうろつき、河沿いに上流側に行ったところにある大きなマーケットで果物を買った。ぼこぼこした果物とマンゴーを袋いっぱい6万ドンで買ったがとてもおいしかった。
23日はハノイへと列車に乗り、
24日をハノイ観光で過ごした。

今回の発見としては、17APhanDinhPhungのレストランComTamBies
114XuanDieuStreetの茶店BetterDayFairTrade-OrganicShopを特記したい。
なお、ハス花茶は、20個パックを空港で2ドルだったから、市内ならもっとやすかっただろう。