2024年11月19日火曜日

日経新聞の記事 進化する免疫療法

 

特に、下記記事の(中)が重要だ。

〈進化する免疫療法〉(上)がん攻撃力 より強く

免疫細胞で難病治す タカラバイオ、実用化へ

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体の免疫機能でがんを治療する免疫療法が進化している。免疫細胞を遺伝子改変し、がんへの攻撃力を高める治療法が米国で8月に希少がん向けに承認を受けた。日本でもタカラバイオなどが実用化を目指す。これまで治療が困難だったがんを治す免疫療法の最前線に迫る。

「1回の投与で明らかに効いている」。国立がん研究センター中央病院の川井章科長は、2017年から同病院などで実施した臨床試験(治験)のデータを見て驚いた。

希少がんの一種で腕や脚の筋肉などにできる「滑膜肉腫」の患者8人にタカラバイオの開発した薬剤を投与した。患者は従来の薬物治療などでは進行や再発を抑えられなかったが、投与後に半数でがんが縮小した。

この薬剤は「TCR-T細胞」と呼ばれる。免疫細胞の一種のT細胞を強化して治療に使う。患者からT細胞を取り出して遺伝子を改変し、がん細胞の目印となるたんぱく質に反応するアンテナのような分子「T細胞受容体(TCR)」を持たせて体内に戻す。

タカラバイオは25年度中に承認申請を目指す。同社の田中舞紀執行役員は「滑膜肉腫で承認のめどが立てば、適応拡大に向けた開発を進めたい」と話す。

この薬剤が目印とする分子は肺がんや食道がんなどの一部でも生じるため応用できる。こうしたがん患者を対象にカナダ・トロント大学の連携病院が治験中だ。

がん細胞は正常な細胞の遺伝子が変異してできる。細胞表面にあるたんぱく質も正常細胞と似ていることが多く、免疫細胞には見分けがつきにくく攻撃しづらい。がんの目印を免疫細胞に「教え」て、攻撃しやすくする。

免疫療法の登場までがんの治療法は主に3種類だった。手術でがんを取り去る外科治療、抗がん剤などで攻撃する薬物療法、放射線で壊す放射線療法だ。10年代、画期的な効果をもつがん免疫薬「オプジーボ」などが登場し4つ目の治療法として確立した。

海外ではTCR-Tの実用化が24年に始まった。8月、創薬スタートアップの英アダプティミューン・セラピューティクスの開発品が滑膜肉腫向けに米食品医薬品局(FDA)の承認を初めて受けた。同社による44人対象の治験では患者の4割でがんが縮小し、5%ではがんが無くなった。

肉腫患者や研究者を支援する米肉腫財団のブランディ・フェルサー最高経営責任者(CEO)は「何十年もの間、滑膜肉腫の治療の選択肢は限られていた。承認によって患者に新たな希望が生まれた」と歓迎する。

免疫細胞を強化する治療法の中では「CAR-T細胞療法」が先行する。TCR-Tとはアンテナを構成する分子が違うが、がんの目印に反応して攻撃するのは同じだ。米国では17年、日本でも19年に承認された。

ただ、これまでに承認されたのは全て血液がん向けで、全がんの約9割を占める固形がん向けの実用化はまだだ。がんの適切な目印が見つからなかったり、免疫細胞ががんに十分集まらなかったりするためだ。この壁を乗り越える研究も進む。

「24年は脳腫瘍向けCAR-Tのブレークスルーの年だ」。大阪大学の保仙直毅教授は語る。米ハーバード大学が3月、脳にできる固形がんの「膠芽腫(こうがしゅ)」に対する治験結果を発表した。治療の難しいがんの代表例で、発症から1年程度で患者の半数が死亡するとされる。

3人の患者にCAR-Tを投与したところ全員でがんが小さくなり、うち1人では効果が半年以上続いた。チームは以前、がん細胞の1つの分子に反応するCAR-Tを試したが十分な効果が出なかった。

今回は2つの分子を同時に狙うCAR-Tを作り、攻撃の範囲を広げた。免疫細胞を脳内に直接注入し、がん組織に集まりやすくしたことも治療効果につながったとみられる。

肺や胃など、患者数の多い固形がん向けにも技術開発が進む。免疫細胞療法の課題はコストだ。例えば、CAR-T細胞療法は1回で約3千万円かかる。患者以外の細胞からCAR-Tを作って量産するなど、治療費抑制を狙う研究も活発だ。

富士経済によるとCAR-T、TCR-Tなどの細胞治療製品の国内市場規模は30年に23年比2倍の350億円に達する見通しだ。

治療効果を高めるには、がんの目印によく反応するアンテナの構造を見つけるのも重要だ。ただ、有望な構造の発見まで10年かかる例もある。24年のノーベル化学賞のテーマになった人工知能(AI)によるたんぱく質の構造予測技術が役立つ。

たんぱく質同士の相互作用を高精度に予測できれば、有望な構造の候補をAIで選別でき、素早い開発につながる。阪大の保仙教授は「糖鎖の変化などでできる複雑な目印も狙いやすくなる」とみる。AI活用が免疫療法の進化を後押ししそうだ。

〈進化する免疫療法〉(中)がん手術 一部で不要に 患者ごとの治療きめ細かく 遺伝子手掛かりに薬投与

2024/11/19付
日本経済新聞 朝刊

「臨床試験(治験)に参加しませんか。このタイプの直腸がんであれば米国での類似の試験で良い結果が出ています」。がん研究会有明病院の山口智弘副部長は遺伝子検査の結果を踏まえ、患者に説明する。

体を守る免疫を利用してがんを治療する免疫療法に使う薬の治験だ。山口氏は長年、直腸がんの治療に携わる。手術が一般的な治療とされるなか、英製薬大手グラクソ・スミスクライン(GSK)が米国で実施した免疫薬「ドスタルリマブ」の第2相治験の結果が医師らを驚かせた。

京都大学は新たな研究施設を公開(11日、京都市左京区)

京都大学は新たな研究施設を公開(11日、京都市左京区)

ドスタルリマブはがん細胞が出す特定の分子の働きを抑え、免疫細胞の攻撃を促す免疫薬だ。希少な直腸がんを対象とし、投与が完了した42例で腫瘍が消えた。試験初期に投与した24例は、治療後1年以上は再発が確認されていない。

直腸がんの手術や放射線などの治療は排便障害が起きるリスクがある。強烈な便意や漏れ出る便によって生活の質が悪化し、精神的に追い込まれる患者もいるという。手術なしで治療できれば患者の負担も小さい。

事前に遺伝子検査で免疫薬が効く患者の見極めに成功し、驚異の治療効果につながった。山口氏は「100%治る治療はこれまで聞いたことがない。患者を見極める遺伝子検査の重要性が増している」と語る。

近年では免疫薬のほかに、免疫細胞を体外で強化して戻す「免疫細胞療法」が開発されるなど免疫療法の手法が多様になる。期待が高まる一方で、今は効く患者が限られる。免疫療法が効きにくいがんは「冷たいがん」と呼ばれ、がん細胞が正常細胞のように振る舞うほか、免疫細胞を遠ざける成分を出す。

こうした患者にも免疫療法を効かせようと研究環境の整備が進む。11日、京都大学がん免疫総合研究センターは米製薬企業からの寄付金など約90億円を投じた新たな研究施設を報道陣に公開した。2050年までに免疫療法でほとんどのがんを制御する目標を掲げる。

免疫療法が効く患者を見極める技術や冷たいがんに対応する治療技術の開発を進める。センター長はがん免疫の研究で18年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑特別教授が務める。本庶氏は「人類を救うがん治療法の開発に向けて活動していく」と意気込む。

最近の研究で冷たいがんなどは腫瘍ができる部位によって特性が違うことも分かってきた。

細かな違いを明らかにするため、国立がん研究センターの西川博嘉分野長は4月、免疫細胞を含む患者のがん組織を保管するバイオバンク事業を新たに立ち上げた。同氏が開発した特殊な凍結保存技術を使って1万例分を回収し、がんの特性を洗い出す。

免疫療法で治る患者は足元で約3割にとどまるが、一度効果が得られれば長い間効果が続く患者もいる。西川氏は「解析が進めば、30年ごろには免疫療法によって、がん患者の約6割はがんが原因で死ぬことはなくなるだろう」とみる。






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