2026年2月15日日曜日

またまた久しぶりで、住重に勤めていた時のことを思い出した。

 設計に所属しているのに、現地の据付指導員に、それも、バングラデッシュなんて国の、しかも、自分がプロジェクトリーダーでも担当技術者でもない案件の、更には、設計部に所属する僕を据付指導の責任者として、肥料ハンドリング設備の建設に送り込むって話は、既に記載した。僕自身が、相手会社がどう理解するのかと不思議で仕方なかった。
僕が逆の立場、つまり、据付指導者を受け入れる立場なら、そんな技術者を送り込もうとされれば、据付技術者を送ってくれと拒絶するであろう。しかも問題は、据付指導員に日銭を払うとのシステムであったから、同じ金を払うのに、据付の専門家でなく、設計者を送り込もうとする会社があれば、拒否するのが当然だと思えるだろう。
また、わが社の輸出営業部長が、元々予定されていた責任者を、他の設備の責任者に取られたことを怒って、代理の僕を目の敵にしたってことも記載した。
更には、僕の指導する案件が巧く運んで、その営業部長が現地を訪問した時に、たまたま、他社が現地でパーティを開くのを見て、手のひら返しで、僕に愛想よく、君もパーテイ主催しろよ、と言ったことも書いた。が、そもそもパーティを開いていた他社は、設備を納入するとか、設備を据え付けするとか、大きな金額を受注した会社であって、僕の様に、指導員の日銭を管理するレベルと言うか、与えられた地位、立場ではパーテイなんぞ開ける予算が有るはずない、と不思議なことを言いだしたなぁと思ったことなどを記載した。
更に、突然思い出したのだが、
元々、その設備を設計したグループは、松木伝のグループで、担当は、森本、長谷川って部員であった。僕が無事に据付を終えて、日本に戻ってきたのだが、長谷川君が、恨めしそうに言ったのだ。
「志水さん、僕はトラブル対応応援に行く予定で、荷物も準備していたんですよ」
それを聞いて、あれっ、僕が彼を応援で呼ぶべきだったのかな、と戸惑った。
しかし、直ぐに、それは出来ない筈だと気づいた。
先ず、設計的な問題があったとしても設計者である僕が現地指導の長で居る以上は、応援を頼めば、それは、僕の設計者としての能力が劣っている、と公言することに等しい、ってことで、それを他者から批判されることになる。加えて、ベルトコンベヤに経験豊富な僕が、なぜ長谷川君の様なぺいぺいに応援を頼まねばならないのかとも思った。
更に、その設備の据付指導では、我々据付指導者費用(人件費、宿泊費)は、客先が支払っていて、僕の要請で応援者が現地に来るとすれば、その旅費、人件費は、客先の支払い範囲ではなく、僕が管理する”現地指導員費用”で賄うことになる。そんなことが出来ない以上は、長谷川君の応援判断は、元々のプロジェクト側で判断すべき事柄になる。

なぜ、長谷川君にはそれが判らないのだろうと不思議に思った。
実際、僕が帰国する前に、松木伝は、彼らの管理する本体費予算内で、現地を訪れているのだ。彼つまり松木伝が現地に来ようが来まいが、それは、彼の管理するプロジェクト費用で賄われるのだから、僕には関わりがない。

それに、そもそも、わが社納入品の梱包内容混乱がトラブルの大元で 、その原因は、現地での僕の部下である仕上師が、日本国内での梱包管理責任者であったことが原因なので、日本には文句も言えず、加えて、試運転時に、Aライン起動のスイッチを押すとBラインが起動して、Bラインを起動すればAラインが動くなんて根本的な問題でもドタバタしたが、長谷川君が来たとしても何も出来なかっただろうとも思った。
今になって思うが、AラインBライン問題は、帰国後、その原因を追求すべきであったろう。
当時の制御盤はリレースイッチが主体のため、制御盤内の配線を全て入れ替えることが必要であった。試運転時に追加要員(だが、僕は、何故そんな人員を追加派遣すべきなのかと不満で、しかも、そんな勝手な派遣費用を客先が認めるのだろうか、と心配した)として参加した実に優秀な電気検査員のおかげで処理できたが、最初から参加していた頼りにならない電気検査員は一体なぜ長い据付指導期間内に、この問題を見つけられなかったのだろう。それに、制御盤の納入テストでは仮配線でテストするのが必須で、そこには我が社の電気検査員が立ち会っている筈で、そんな不良品がテストを通過する筈が無いのだ。そもそも、設計時点でなぜかような配線図が審査をつうかしたのだろう。種々の関門をかような欠陥品が通過する筈がないのだ。

などと、いろんな点で、住友重機械って、この辺りが不思議な会社なのだ。

据付終わって帰国したが、試運転まで1年程度かかった。他の設備の据え付けが長引いたのだ。さて試運転となったが、試運転要員の要請を新居浜機械(仕上)課に頼んだら、「据付時の仕上師はトルコの案件に引き抜かれた。経験のために若いのを選んだ」とのことで、その課長は、僕の所には未経験な連中を送り込むのが好きらしい。トルコの案件は松木・森本ラインで受注して、彼や松木伝たちが信頼できると思っている仕上師を、誰の意図かは知らないが、引き抜いたわけだ。
僕は、内心ほっとした。彼の代わりなら誰でも使い切れる、とほっとしたのだ。新居浜の殆どの職人は実に頑張り屋が多いので、その信用ならない仕上師以外なら使い切る自信はあったのだ。結局、バングラデッシュの案件のトラブルの原因は、殆どが彼なのだが、それを知っているのは僕だけで、彼はいかに自分がバングラデッシュで活躍したかと吹聴したのだろう。逆に、僕が無能であるとも言いふらしている筈だと思った。
ってことで、その新人にも有効に働いてもらい、僕は無事に任務を達成して、帰国したのだが、その後、聞くところでは、トルコ案件は大赤字になったらしい。バングラデッシュに比べて大きな設備であっただけに、梱包の混乱や部品の確認、それに、品質の確認が十分なされなければ、当然、大問題が生じると思っていたが、結局は大赤字になったことだろう。
据付、特に、海外での据付では、物品の管理が成功の鍵を握る。
僕の行ったバングラデッシュは、日本で梱包管理を任された、その信頼できない仕上師が、全く管理せず放りっぱなしにしていたせいで、梱包は、もう、無茶苦茶であった。彼もまた僕と同様に、その修正に苦労した筈だと考えたが、彼は全く意に介してなかったのだ。それはつまり、僕とは違って、その設備の完成に全く責任を感じてなかったからだろう。だから、彼は何度も同じ失敗をして、それでも特に責任を感じないのだ。

ところで、ここまで書いて気付いたのだが、その信頼できない仕上師やら、経験不足の仕上師は、新居浜の機械(仕上)課から派遣されてきたのだが、そこの前野課長は、どちらかと言うと商売人で、僕には余り付きあいたい人では無かった。そんな事情で、彼もまた、僕を軽んじて、他にもっと真面目な課員が大勢居るのに、彼らを選ばず、さような中途半端な人員を僕の手足に送り出していたと思っていたのだが、実は、前野課長とコンベヤ課の土居課長、松木、森本ラインは、お互いに遣り手と認識し合っていた筈で、トルコ案件に信頼できない仕上師を送り込むと、下手すると大問題を起こすかもしれないのに、なぜ、彼を送り込んだのだ、と考えたのだ。
考え着くことは、前野課長も、その信頼できない仕上師が、僕の部下として、バングラデッシュ案件の、梱包管理と、現地据付指導を見事に果たし、他方僕は、単に現場に居ただけ程度の存在だった、と考えていたのだろう、と推察できた。
それに、信頼できない仕上師は、僕の滞在前期の、帰国時に、実に大きな木の箱を作り、それを日本に送った。なんでも、「課長へのお土産を大量に入れる。大変なんですよ」と言っていた。
こういう点でも、信頼できない仕上師は、自分の信頼を維持していたに違いない。それにまた、僕を貶めることでも、いろんな人の評価を維持したに違いない。

またまた思い出した。
アシュガンジの据付を、引き渡し試験も終えて日本に帰ったが、新居浜を訪れて機械課の前野課長に挨拶に行った時、課長から、試運転時に、コンベヤの逆転防止装置が逆に付けたまま運転始動してアームをひん曲げた話を引き出された、一緒に行った据付新人が報告したらしい。課長は、それが僕の責任であるかのような顔つきで僕に話したので、とても違和感を感じ、どう返事して良いか判らなかった。
僕は設計所属で、現場責任者である。現場には、前野課長が選んだ、その若い仕上師、同様に前野課長が選んだ機械検査員であるが電気検査員の勉強を理由に派遣された検査員、それにアル中だが優れた腕前の電気検査員、が付いて行っている。、その場合、逆転防止装置が逆に取り付けられていたなら、誰の責任だろうか?
最後の責任は確かに僕にあるが、通常ならその事については、先ずは、最初に据え付けた頼りにならない仕上師の責任で、次には、実際に試運転した若い仕上師と検査員の責任であり、その後、対策が施されても修理できない場合は、現場責任者が責任を持って対処する。と、それが常識だ。だから、前野課長は自分の部下の責任として対処すべきだし、だからこそ、僕はその出来事を社内には報告しなかったのだ。若い仕上師は、自分の責任であるのに、なぜわざわざ課長に報告したのかも理解できなかった。
それに、余談だが、そもそも、その逆転防止装置が付けられた倉庫内の袋コンベヤは、僕の経験から言うと、逆転防止装置は不要なのだ。だから長谷川君の設計にも若干の責任はあるだろう。

ところで逆転防止装置とはいかなるものかを説明すると、ベルトコンベヤは、ベルトをプーリーなるものの摩擦駆動力で動かすのだが、ブレーキが不要な低速コンベヤでは、登り部分に荷物が積載された状態で止めると、ブレーキが無いために、積載物の重さで、ベルトが逆方向に動くことがある。コンベヤが登り傾斜の時に生じる現象だが、これを停めるために駆動プーリー軸の端に、逆転防止クラッチを取付ける。装置には正常回転方向が記載されているから、正常運転時の回転方向さえ知っておれば、正しい取付方向が判るわけだ。
上記の事故は、普通は発生する筈がないのだが、ベルトコンベヤの専門技術者で無くとも、物を運搬するには、装置がどの方向に回転するかを知るものなら、馬鹿でも判ることだ。
が、上記の場合、派遣された仕上師はそれさえ知らないコンベヤの素人だった、ということになる。
そんな据付指導員ってある?
実は、記載はしていないが、ほかにも据付の初歩的ミスがあり、要するに、僕を除いては、ベルトコンベヤ設備についてはまるっきしの素人ばかりが派遣されてったとの事で、僕が居なければ何がどうなっていたか、と思う状況だったのです。
ってことで、つまり、僕の派遣の意味は多いにあったよね。
大赤字になったトルコの設備では、僕のような技術者が全く欠けていたから、事態を改善することが出来ずに大赤字になったわけだが、実は、それだけではなくて、僕の行った現場は、世銀案件で、現場全体管理のホスターウィーラーとか、世銀から検査を依頼された企業とか、実際に据え付けするホスターウイーラーの現場監督のトップや据付指導員やらが、何故か僕を助けてくれて、修理すべき部品を加工する道具や人員迄、無料で貸与してしてくれたのだ。
僕と韓国の据付業者の諍いでさえ、僕の味方になってくれた。
なぜ、それほど親切にしてくれたのかと思うが、自然に、そうなってしまうのだ。
さらに思い出すのは、最終の顧客であるバングラデッシュ肥料公社の取締役も、僕を助けてくれて、その現場だけではなくて、チッタゴンの肥料設備でも助けてくれた。

いまになって、彼等への感謝の気持ちが心の中にいっぱいになる。

その後、僕が転勤してから、設備稼働から数年ほどして、バングラデッシュの客先が、設備の総点検を計画して、据付各社に指導員の派遣と派遣費用の見積もりを要請したが、僕の古巣の大阪コンベヤ課は、バングラデッシュなんて未開発国であることから、大勢の指導員で点検するとの見積もりを提出したらしい。客先は、その見積もりを、指導員派遣の拒否とみなして、黒板に大きく、「住友の拒否見積もり」と書いて貼りだした。
すでに、別の課員であった僕が、別案件での参考設備見学に、たまたま、その現場を訪れた僕がそれを見掛けて、その別案件に影響しては困ると、僕が点検しましょうと申し出した。しかし、電気設備までは検査できませんと申し出すると、彼らは、電気設備については、優秀な電気技術者が居るから心配ないです、と喜んで答えてくれて、僕の宿泊のためにゲストハウスまで準備してくれた。そんな経過で、その後2日間で、ベルトコンベヤ設備の全てを点検することが出来て、客先は多いに喜んでくれた。




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