NHKのゆう五時で、若者が電車の優先席に座るか否かのアンケートの話題が出た。なんと50数パーセントの若者が優先席に座るらしい。この放送を聞きながら、かような数値を報道するだけだと、若者に優先席を勧めているようなものだと危惧を感じた。
その数日後、夕方の3時頃に、日本橋から東西線快速に女房と一緒に乗車したら、扉から右側の優先席が2席空いていて、左側の普通席側に3席ほど空いていた。優先席に座っているのは殆どが若者で、ゆったりとパソコンやらスマホに熱中している。僕達夫婦は乗車客の最前列だったが、女房がとろいので、優先席の2席の内、一席は若者に取られてしまった。仕方なく、僕は普通席側に向かって一席を確保しかけたが、スーツは着ているがとても疲れた動作の老人が僕の後ろについてきたので、僕はその老人に席をゆずってから優先席に戻り、女房の前にたった。が、優先席に座る若者たちは、誰一人として席を譲るでもなく、パソコン・スマホ作業に熱中し続けた。結局、西船橋まで立ち続けたのだが、どうやら、ゆう五時の放送が優先席を使うことへの若者たちのためらいを払拭したようだなと、思った。困った放送だ。
ところで、今後はどうような場合には、大声で以下のように女房に話しかけることとする。
「おかあさん!目が良く見えんのでわからんけど、ここは優先席と思ったらちがうねんな。若い人がパソコンやスマホをゆったりとするための優先席なんか~?」
「あんなに一生懸命パソコンやスマホやってるって、大変な仕事をやってはるんやろな~?」
などと、せりふをもっと考えてみる。
老人たち自身も、優先待遇にためらうことなく、主張すべきやと思うけどどうだろうか?
しかし、下記も注意して行動せねばならない。主張する時には、先ず 「障碍者手帳をお持ちですか?」と聞くべきでしょう。
いろいろ考えたが、結局次のようにしよう。
女房と二人で乗車し、優先席に座り、または、優先席傍に立ち、しかも席を譲らない場合、僕が女房に話す。
「優先席に若者が座っているけど、恐らく彼らは、障碍者なんだよな。障碍者手帳を持っている筈だよな。持っているかどうか聞いてみるかな?」
「そこのパソコン一生懸命やっている若い人!障碍者手帳持ってるよね?」
しかし、あれこれ考えて、女房を相手に周囲に聞こえる声で、PrioritySeetとは何かを話し、下記記事の話をしたり、若者が優先席に座るには、それなりの理由と、障碍者手帳が必要で、それらがないと、厚顔無恥手帳が必要だと話すことにした。
しかし、いろいろ考えたものの、下記を結論とした。少なくとも僕はまだ必ず優待席で座らねばならないほど、疲れているわけでもない。ならば、こんなつまらんことをぐたぐた考えるより、車内では立って過ごす方が確実に健康的だ。心優しい若者が居て席を譲るならそれは喜んで受けるのが礼儀だろう。それに、心優しい若者が居らず、しかも、どうしても体調が悪ければ、持参する新聞紙を床に敷いてそこに座れば良い。床の座ることは別に屈辱的なものではないはずだ。常備する新聞紙はその他にも有用に使えるだろう。
電車の優先席で「ここはあなたが座る席じゃない」 手足3本失った男が注意されるも...感謝したのはなぜなのか
20歳の時に事故で右手と両足を失い、外出時に義足を使う山田千紘さん(31)は、電車に乗れば優先席に座ることも多い。その優先席で、忘れられない出来事がある。義足が見えなかったためか、別の乗客に「ここはあなたが座る席じゃない」と声をかけられたのだという。
【写真】スーツ姿の山田千紘さん
その時、山田さんが抱いたのは「ありがとうございます」という気持ちだった。なぜ相手に感謝したのか。何を思ったのか。自身の体験と、優先席についての考えを山田さんが語った。
【連載】山田千紘の「プラスを数える」~手足3本失った僕が気づいたこと~ (この連載では、身体障害の当事者である山田千紘さんが社会や日常の中で気づいたことなどを、自身の視点から述べています。)
■「違う席に移りなさい」
僕は障害等級が1種1級です。外出時は義足を履きます。駅まで歩くと、両足がある人よりもかなり疲労がたまり、足が凝ったり張ったりします。一度義足を外したくなるんです。
だから、電車は座れるものなら座りたいです。乗車したら優先席付近に行くことは多いですね。1~2駅なら立っていても大丈夫ですが、長時間乗るとか、義足を履き直したい時とかはやっぱり座りたい。座れたら実際に義足を外して凝りをほぐすこともあります。座れるとすごく楽です。
休みの日は半ズボンで外に出ることが多いので、義足であることは一目で分かると思います。だけど仕事の日はスーツで義足が隠れるので、一見したところではどうしても分かりづらいです。
その関連で、今でも忘れられない出来事があります。ある日、スーツ姿で地下鉄の優先席に座っていました。しばらくして、正面に座っていた中年女性から視線を感じ、それが2~3駅続きました。
女性が立ち上がって僕の目の前に来て、注意されました。「ここはあなたが座る席じゃない。違う席に移りなさい」。義足が服で隠れて見えなかったんだと思います。
僕はポケットに入れていた障害者手帳を見てもらい、「身体障害の1種1級なんです」と説明しました。女性からは、電車内に響き渡る大きな声で謝られました。
それで他の乗客から注目されて恥ずかしくもあったんですが、それよりも、優先席に座っていて気になった人に声をかけるという女性の行動が素晴らしいな、と僕は思いました。注意した相手がたまたま障害のある僕だったので謝られてしまいましたが、この女性のような人がいると、優先席が必要だけど立っている人が座れる機会が増えると思ったからです。
その女性が今後、同じような場面で発言しづらくなったら困るので、「あなたのように注意してくれる人のおかげで、本当に座るべき人が座れることもあります。声に出していただいてありがとうございます」とその時感謝を伝えました。
「座らせてもらえませんか」と発言できる人は少数派
電車では、僕が席を譲ることもあります。あまりにも足に疲労があって座っていたい時は座ったままでいますが、パッと周りを見て、「限られたこの座席を誰が一番必要としているか」を考えた結果、譲った方がいいと判断することがあります。
元々おばあちゃんっ子なのもあって、高齢の人には座ってもらおうという意識は子供の頃からありました。その後、20歳でこの体になって数々の障害当事者と会ってきた中で、優先席に座るべき人は他にも数多くいるんだなと意識が広がりました。僕のような身体障害に限らず、見た目では分かりづらい障害がある人、様々な理由でヘルプマークをつけている人、マタニティマークをつけている人など、優先席が必要な人はたくさんいます。
僕なんかは、どうしても座りたい時は「譲ってもらえませんか」と自分で言ってしまうけど、おそらく座りたくても自分から言えない人の方が多いでしょう。座席を求めている時というのは、電車に多くの人が乗っている時です。その車内で、6人くらいが座っている優先席に向かって「座らせてもらえませんか」と発言できる人は少数派だと思います。
だから、本当に優先席に座るべき人が声を出しやすい空間にすることも大事だし、今座っている人が進んで「どうぞ」と譲れるような心のゆとりがあったらいいなと思います。僕が地下鉄で出会った女性のように、必要としている人が座れるように第三者が声をかけることがあってもいいと思います。
電車でもバスでも、優先席に座る時に大事なのは周りを見ること。周りを見て、他に必要としている人がいなければ使えばいいと思うし、譲った方がいい時は譲ればいい。僕が考えているのはそんなシンプルなことです。
これも1つの「心のバリアフリー」なのかなと思います。時と場合に応じて譲り合う心を1人1人が持っていれば、乗っているみんなが幸せになり、より豊かな社会に繋がっていくのではないでしょうか。そして譲り合う心は、お互いが目の前の相手のことを思いやることから始まると思います。
(構成:J-CASTニュース編集部 青木正典)
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